シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
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一日の疲れを癒す、

そんな隠れ宿のような、

皆さんに寄って頂ける隠れ家で有りたいと

思っています。

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ヴァイオリニスト松尾依里佳
ちょっといい話。 [2008年07月07日(月) ]

●授業でシンクロ。


シンクロナイズドスイミングを体育の授業で行っている

小学校をご存知だろうか?

水泳の授業で一番難しいのは、出来ない子に

『とにかくプールに入ってみよう』と思わせる事。

そして『よし やってみよう!』と思わせるのが

一番大変とY先生は言います。

とにかく『やれ! やれ!』と言って強引にやらせ

ようとすると逆効果。





しかし、何故シンクロなのでしょうか?

3分間も曲に合わせて泳ぎ続けるのは、苦手な

子にとっては苦痛ではないのか?


25m泳ぎ切れない子がクラス33人の内13人。

Y先生は何m泳げるか、でグループ分けをしました。

その中で泳ぎに自身の無い子達のチーム「うずまき」

に注目が集まります。


●子供達の変化を待つ。


Y先生は各チーム事に目標とテーマを決めさせます。

「うずまき」チームが決めた目標は二つ。

一つは「失敗しても立ち直ろう合言葉はどんまい」

もう一つは「出来るだけきれいに泳ごう」でした。


しかしテーマが中々決まりません。

発言も消極的、泳ぎが苦手な事が影響しているようです。


そこでY先生、決して急がず「思った事を口に出そう」

と促すと、ある子供が「きれいな花を描く」と呟きます。

もちろんY先生は聞き逃しません。

「きれいな花ね。どんな花?」

それを糸口にして、他の子供達からも発言が出るように

なりました。



●友達が居るからやれる。



教室で動きを考えた後、初めてプールに入る日がやって

来ました。


しかし「うずまき」チームは全員揃いません。

「泳ぐ気になれない」と言って見学する子が出たのです。

「うずまき」チームは自分達の力で出来る事をきちんと

自己分析していたのです。


出来るだけプールの真ん中に集まって泳ぐ距離を短くする等

の工夫をしていたのです。

途中で立ってしまう子が居ても、合言葉の「どんまい」が

後押ししてくれます。

その姿を見学していた子達の心を動かします。

「一生懸命取り組んでいるのを見て、自分も参加しようと

思った」と、次の時間からは参加するようになったのです。

それからは、皆が前向きに取り組み中には自主的に屋内プール

に通って練習する子も出て来ました。



●「好き」になって力もついた。



そうして向かえた発表会の当日。

保護者の見守る中、「うずまき」チームは失敗しても立ち直り、

気持ちを一つにして3分間泳ぎ続けました。


プールサイドは拍手で一杯です。


しかし此れで授業は終わりません。

ここから25mを泳がせます。

なんと今まで25m泳げなかった13人のうち、

5人が泳ぎきったのです。


他の子も自己ベストを上回る距離を泳げました。

3分間の曲に合わせて演技する事で、

子供達は途中で止める事無く泳ぎ続ける事が出来る。

それで25mを泳ぐ力も知らず知らずの内に付いたのです。


かつて泳ぐスピードを早くする為に鍛練型授業をしていたY先生。

しかし、シンクロを導入して

「子供達が水泳を好きになったのが一番の収穫」と、

喜びの感想を語っています。









Posted at 21:00 | 青春 | この記事のURL
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遅れた父の日 [2008年06月20日(金) ]


娘から父の日の贈り物が届きました。



日ごろの心配をかけてる事を詫び、

こうして夢に向かって何不自由無く

学校に通えるのも

お父さんのお陰だと・・・

夢に向かって全力で駆け抜けて行くそうです。




『ウルウル』





贈り物は、暑がりな僕への必需品

 『 扇子 』 です。

ちょっとセンス悪いけど 



と落ちも付いていました。




Posted at 07:22 | 青春 | この記事のURL
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親子ブログ [2008年06月08日(日) ]
親子ブログ

最近、娘のブログも多少明るくなって来たようだ。

一時期は正直言って人間関係で何かと悩んでいたようです。

バレーボールやら吹奏楽で団体生活は熟知しているが

中々性格の違う者同士、大変なのでしょう。

親にには中々言わない性格でズット我慢してきた様ですが

最近は一人部屋になって一寸、

リラックスしている様子です。



ブログを観ると二度寝したとか、

始業にギリギリだったとか言っている様子、

それだけ自然体の生活がおくれているというもの。

親としては安心しています。

食生活も少しづつ充実して来たようです。



これは豚肉と玉ねぎ炒めと本人曰く 『 なっとうパスタ  』

だそうです。

旨いのかな



今日は彼女の誕生日ですが、

ランチはハルカチャーハンだそうです。



何はトモアレ元気で生活している様子。

ブログを通して安心しています。

親子(親娘)のブログはスキンシップの一貫ですかね。


Posted at 20:57 | 青春 | この記事のURL
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文通 最終章 [2008年02月28日(木) ]


手を振って分れた後、目の前で起きた事が夢心地だった。

取り合えず手紙を書いた。

中々話が続かなかった事、ここまで来させてしまった事を詫びた。

出逢った印象等も聞きたかった。

J からも来た。

『突然押しかけて、ごめんなさい』

『出会いに行って良かった』という文面であった。

不思議とお互い恋愛感情の言葉は見当たらなかった。




しかし、手紙のやり取りも頻繁には続かなかった。

ある日電話がかかって来た。

声を聞いて直ぐ J だと判った。

電話番号は調べたのだろう。

声が聞きたかったそうだ。

そこでも中々話が続かなかった。

その後はお互い便りも殆ど無かった。




翌年の正月だったろうか一通の年賀状が届いた。

差出人は仙台の J からだった。

よく見ると苗字は変わっていた。





仙台へは七夕祭りの終わりのシーズンに

2度程出張に行った事が有る。

NHK仙台放送局の近くに泊まった。

商店街も歩いた。

青葉城恋唄を酒場で歌った。

何処かで彼女は元気に暮らしているのだろうか。

今ならお互い半世紀を生きて話したい事一杯有るのだけれど。


                             

Posted at 12:40 | 青春 | この記事のURL
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続 文通 [2008年02月23日(土) ]
前回はNの家を目指しバイクで走り始めた所で終わりました。



Nの家を目指し走っているとNもバイクに乗って迎えに来た。

きっと本人も驚いて場が持たなかったのだろう。

Nの家に行くと玄関に J が居た。

想像したより、向こうは社会人1年生なので同い年と言えど

年上の様に感じた。

僕 『こんにちは、 始めまして 一体どうしたんですか。  』

J 『便りが無いので心配して来ました  』

僕 『え〜〜。 すみません   』

何か悪い事したようで心はドキドキ状態。

庭先で話すのも何なので N が自分の部屋に招いてくれた。

お茶とお菓子を頂きながら何を話をしてよいやら、

今の状況が理解できないで状態で居た。

僕 『今日仙台から来たのですか?』

J 『名古屋に叔母さんが居るので其処から来ました。』

今日は日曜日、今日明日の休みを取って来てくれたようです。

Nは静かな状態を気を使ってBGMを掛けてくれた。

レコードがラブイズユー フィリーング ラブ〜なんて歌っている。

お互い積もる話が有る訳でもないので中々話題が出ない。

家はどうして判ったのか聞いてみた、

僕の苗字は多いけれど、N の苗字は少ないのでタクシーに聞いたようだ。

16歳の少年の名前が電話帳の載っているはずも無く大変だったと思う。

僕 『何か聞いて下さい。』 話が続かないので思わず聞いてしまった。



とは言うものの帰りの列車の時間も気になってきた。

16:00頃の列車に乗ると言うので送って行く事にした。

本来ならバイクの二人乗りでも良いのだが原付である。

少々距離は有るが二人で歩く事にした。

途中山の雪を見て驚いていたようです。

彼女は海の近くで育ったいるし学校の前も海です。

小学校も中学校も通過したが此方は山育ち彼女には珍しい風景だったろう。

やがて駅に着き二人ホームで列車を待った。

列車が来た。

僕 『今度は僕が行きますから。』

後になって思えば何と無責任な事を言ったのだろう。

一人で出かけた事が有るのは大阪と京都迄で有るのに・・・

彼女が乗る前に握手をした。



列車が動くのを前に彼女と別れ改札を出た。



Nが僕をバイクで迎えに来た。

その足で近くの踏切まで行った。

せめて手を振ろうと思った。

彼女が僕の見える側に座っている確証は無かった。

信号機が鳴り、列車が向かって来た。

良く見ると彼女が見えた。

手を振った。

彼女も喜んでいる様子だった。

僕が見つけ易い赤のカーディガンを着ていて良かった。

他の客も見ていたが一生懸命手を振った。

見えなくなるまで手を振っていた。

Nは近くの物陰に隠れていた。



小田和正のさよなら、さよなら、さよな〜ら〜が似合う場面だった。


つづく 


Posted at 22:13 | 青春 | この記事のURL
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文 通 [2008年02月20日(水) ]


携帯電話もメールも無かった時代の話です。







今から36年も前の中学校3年の時でした。

友人N 「今、文通しとる女の子の友達が文通相手探しとるけどお前どうや  」

僕 「面白そうやな〜、やってみよか  」

二つ返事でOKしたものの何を書いて良いものやら・・・

友人N から渡された住所には宮城県○○郡△△町 J の名前が有った。

京都府と宮城県、先ず出会いそうに無い距離で有る。

最初は自己紹介等書くことは有ったが僕自身筆無精で書く事が無い。

1通書く頃には J からは2通程届くペースであった。

やがてお互い気心も知れお互い写真も取り交わした。

その後、中学校卒業と同時に僕は地元の工業系の高校へ進んだ。







J は、美容師を目指して仙台市内の美容院に住み込みで就職し勉強して

いるとの事でした。

その頃友人の N は中学校卒業と同時にもう止めている模様です。

僕らはお互い環境も違うし最初に文通しあった頃とは随分書く回数も減った。

有るとき J は店の人から文通を注意されたらしく店では無く友達の住所

に送って欲しいと言ってきた。

僕には、そこまでしなくてもという思いは有ったのだろう、

その後は手紙は出していなかったと思う。

そして、記憶の中で忘れ去られようとした頃、その事は起きた。



友人 N 「おい お前の文通しとった、確か名前は 

僕 「はあ〜  J か 

友人 N 「そやそや その J や  そのJが来とる  」

僕 「来たって  」「どこへおるんや  」

友人 N 「わしの家に今来とる 

僕 「えーーーーーー 

友人 N 「とにかく来い  」





N の言っている事が僕は信じられずとにかく愛車の原付バイクに跨って

N の家を目指したので有ります。


つづく

Posted at 23:50 | 青春 | この記事のURL
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