ビジュアルを文字で表現する壮大な試みは、スティーヴン・キングの飽かぬ欲望(乃至は彼のスタイルか)なのだろう。ビジュアルであろうとするためにはどんなことでも(当然文字でだが)する。陳腐なシチュエーションでも彼にかかれば読者をして眼前(脳への周到な刺激の結果)に映像を浮かばせる。また、時には形而上学の煌く言葉が、砂利道に見受けられる黄銅鉱(金でなくて残念。キングを黄銅鉱のように陳腐なものとはいう気はない)のように、発見できる。
「…一瞬のうちに〈塔〉の役割を理解した。それは力の伝送路をあらゆる世界に分配し、時の大いなる螺旋の中で安定状態を保っているのだ。…すべての手が暴力に染まらないように〈塔〉は存在しているのだ」。キングはエディを通してそう言わしめる。キングの根底にある〈塔〉への思い、それは人類の英知もそうあれと流布している。そしてそれは、今では脆く、未来に暗雲を投げかけている。だからこその呼びかけ。
「暗黒の塔/魔導師の虹(上)」76ページまでは、ローランドの“傲慢の道標“であった。傲慢は正しいものをも侵食する業病なのだと分かるまで、キングは多くの冊数を割かなければならなかった。この世は正しいものの傲慢でみちている。その業病を氷解することができるなら、旅の視界の先に平和の道標を見ることができるだろう。
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