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毎日たくさんのことがある。
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カタクリを探して2 [2007年04月29日(日)
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カタクリを探して [2007年04月29日(日)
]
結果的に20度にもなった今日の札幌。
天気も晴れ、連休前半の2日目、何とかお金をかけず有意義な日をと、先週カタクリを見損なった、カタクリ探しに妻と出発した。 さて基本はなんといっても地下鉄沿線、ドニチカ切符に限る。 まず、西18丁目、道立近代美術館で催されている「空海マンダラ」。しょっぱなから知的ショック。なんといっても、僕としては目玉であったと思うのは空海の24歳時の自筆。そして10の木造のコラボ、右目を明け左眼は半眼という哲学的意味合いをもった?不動明王坐像と運慶作の9体の木造。 カタログでご勘弁。 徒歩で丸山公園へ。エネルギッシュな若者たち、桜はまだかいなといいつつ宴会に盛り上がっている。残念ながら映像はなし。 札幌駅で食事。 東豊線に乗り、豊平公園へここが正念場のメインイベント、さてご覧あれ。 咲く寸前の白木蓮 咲くにはまだ数日を要する桜。 一番早咲きのつつじ。 その中で、クロッカスや福寿草のあとに春を知らせる片栗の花が、今日僕の眼に初めて登場した(つづく)。 Posted
at 21:02
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ハンニバル [2007年04月26日(木)
]
木曜洋画劇場で「ハンニバル」を見た。
オドロオドロシイ事がシーンでも、心理でも脈絡なく続く。 心理の超常現象といってもいいような感じを受けるが、そういうことに引き込まれる僕はどうなのか、ひとつの、不思議な現象を好む子供の心理に似ているのだろう。 それには人間心理のありようとして、必然性が含まれているのだろうか。例えば、人を殺めるには動機をいうのもがあり、それが生い立ちだったりする。そういう確固とした動機を「ハンニバル」は持っているのだろうか。 妻は一言「それは陳腐に過ぎない」とのたまわる。 そんな説得にも似た、早くお休みになったらと言う言葉をよそに、最後はどうなることだろうと、手に汗握る心が自覚反応として夢中にさせる。これって病気だろうか。 Posted
at 23:07
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物欲しそうなトム。 [2007年04月25日(水)
]
福寿草を探して [2007年04月25日(水)
]
クロッカスと福寿草をとっ違えてしまった紅顔から、出勤の時気持ちが福寿草を探す羽目になった。途上は随分と一戸建ての家も多いのだが、庭を着飾った家はまず少ない。着飾るといっても何も庭をチューリップの垣で囲うというのでもないが、せいぜい雑草だけは取ってほしいと思う庭がほとんどだ。
何ともクロッカスはほとんどの一軒家の庭にうわさっている。 家と職場の距離は1500メートル程あるが、僕の確認したところでは福寿草を植えているのは3軒だけであった。 そんなに福寿草が珍しいものかとネットを調べてみると、それが案外と古くから日本に生息し、栽培されている。ということは歴史の浅い北海道には庭には意外と一般的ではないということなのではあるまいか。福寿草の花も満開を過ぎようとしているのに僕の眼はまだ福寿草を探している。 ネットから拝借、ごめん。 Posted
at 20:54
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なに?モンステラ [2007年04月24日(火)
]
昨昨日、つまり日曜日のこと。サイクリングロード経由で豊平公園まで行って来た。長丁場の行程で6・7キロはあろうか。
妻が片栗の花が咲いていると言って聞かず、引きずられて行ったのだが、案の定引きずられ損。代わりといってはなんだけれど、蝦夷エンゴサクと福寿草が、そしてとんだ掘り出し物に会った。 その名はモンステラ。いったい何者なのかというと、わが職場にいるもの、かつて名前の知らないものが豊平公園にあった。何かを知ったショックであった。わが職場のモンステラは葉が枯れかけている。何とかならないかと園芸の助言者の人に聞いたのだが、こちらは素人、質問の仕方がどうにも要領を得ない。その名をメモしてネットで調べて、出身とか、生存環境とか、育て方とかを知った。早速プリントアウトして、職場のモンステラにエプロンよろしく掛けた。名前を知ってみると、「モンステラ君、元気か」などとなぜか心に近しい。マニュアルにそって枯れた所を早速切った。 ネットから拝借しました。あしからず。 Posted
at 20:11
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クロッカスと福寿草 [2007年04月22日(日)
]
今日は恥をしのんでブログしよう、ステージならでは、許してくれるだろう。
春一番に職場に隣接した民家に雪の下から力強く芽吹く花がある。 全くもってこの花は春の萌えをそのまま心に伝えてくれる力強さと可憐さをもっている。 この4年来、草花の名に疎い僕はそれをズーッと福寿草と思ってきたが、昨土曜日に実家に行ったとき、なんとそれはクロッカスであるとハンマーで脳天を殴られる思いで知らされたのであった。 僕は普段孤独な地下室にいるので、人にあう機会があるとクロッカスを春を知らせる福寿草と吹聴して回ったのだった。 何が原因か? すべては僕の無知に発していて、そのうえ恥知らずといいう軽薄さから来ているのだ。 心が赤くなるのを耐えて、ネットや実際の福寿草を検分して、どう対処しようか、軽くかわそうか決意する昨日今日である。 Posted
at 17:52
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母に纏わる、こんな事。最近。 [2007年04月18日(水)
]
つい最近こんなことがあった。
父の言うには、家事と介護で東京から来て3カ月となる兄を5月3日を以って解くというのだ。意味は全くその通り。家事も介護もしていただかないというのだ。 週5日間の介護ヘルパーさんの介護は1日2時間、掃除、洗濯である。 3食の用意等ままならない。というのも介護は母のみを対象としている。兄が行っているのは母と父の3食を作ることがある。父は料理は母まかせであったので自分で作るなど出来るはずもない。また、父は食事の内容に注文を付ける名うての難題者だ。82歳の父が兄なしにどう通常生活を続けることができるのだろうかというのが、僕の、父の言葉を聞いたときの思いであった。 取るものもとりあえずまずはすぐに父と話さなければならないとじか談判した。頑固なものはとかく小心であるともいえる。僕の会見の申し込みに父は少々ビビッテいたのだが、結局考慮してみると回答を得た。 父のこのような気持ちは伏線があって、それは、兄と感情的に密着することが出来ないという二人の歴史的な関係にある。 父に、兄も今回は過去の不義理を大いに恥じ今回の覚悟となったこと、それはまた他の兄弟の総意でもある事を諄諄と話したものだ。 5月3日はもうすぐだが、頑固な父が翻意するのを期待しているこんにちである。 Posted
at 19:23
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真夜中のピアニスト、画像を入れてサイアップ。 [2007年04月11日(水)
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ロマン・ディリスの「真夜中のピアニスト」を観るl。 [2007年04月11日(水)
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分裂、離反し自己の中に共存する精神の中にあって、源流ともいうべきものに遡上していく、自分探しの例を提示した映画である。
ロマン・デュリスのトムとリン=ダン・ファンのミャオ・リンの透明で青く燃え盛る炎の絡み合いが、ま、言うなれば未来はどうなろうとも、今を生きることのの大切さを感じる。 特筆するのは、やはり、男の側から言えばあの何を考えているか分からない、われらの親しんだリン=ダン・ファンの日本を含む、東洋的な神秘性だろう。 Posted
at 21:46
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