94歳の母が入院した。6月19日のこと。
今度は、足の膝関節から腰の付け根の痛みを訴えたからだ。
老人性のこの種の痛みは、年のせいとして、対処療法しかないみたいで、電気治療と安静のみである。
今日面会に行ったとき、他の病院で処方された眠剤を預けてあるのだが、それがきれて昨日はよく眠れず、身体がだるいと言っていた。眠剤の残量を病院が周知するなら、患者は苦痛を受けずにすむのだが、と思った次第だ。
11時過ぎに行った、昼食のちょっと前の母の大部屋の病室には、賑やかに他の患者さんの見舞い客がいて、ちょっとした社交場のようであった。
奥の窓側左の方の患者さん、母よりは10歳くらいは若い人だが、4、5人の見舞い客があった。
妹が順番で今日の付き添いであった中に、僕は行ったのだが、チラチラこちらを見る。決して不愉快な視線ではなく、むしろ、暖かい眼差しでこちらの噂をしているようだ。僕も不愉快ではなく、時々は目線を合わせていた。
その人たちの面会が終了し、部屋を出て行きしなに、母に向かってこういわれた。
「綺麗なお婆ちゃんね。若いときはとっても美人でしたね」と。
身内びいきという言葉があるが、その通りだと思う。
そう言って自慢しているというのも本当だと思う。
しかし、他の人にそう言われるの母はの徳というものだと、僕はそう思う。
年をとってどういう顔になるのかというのは、その人の生きてきた軌跡にあるのだと思う。
母が見も知らぬ人にそう言われるのはそれなりに、母の生き方が、加齢の歴史が、良きものであったのだと僕は思った。
今度は、足の膝関節から腰の付け根の痛みを訴えたからだ。
老人性のこの種の痛みは、年のせいとして、対処療法しかないみたいで、電気治療と安静のみである。
今日面会に行ったとき、他の病院で処方された眠剤を預けてあるのだが、それがきれて昨日はよく眠れず、身体がだるいと言っていた。眠剤の残量を病院が周知するなら、患者は苦痛を受けずにすむのだが、と思った次第だ。
11時過ぎに行った、昼食のちょっと前の母の大部屋の病室には、賑やかに他の患者さんの見舞い客がいて、ちょっとした社交場のようであった。
奥の窓側左の方の患者さん、母よりは10歳くらいは若い人だが、4、5人の見舞い客があった。
妹が順番で今日の付き添いであった中に、僕は行ったのだが、チラチラこちらを見る。決して不愉快な視線ではなく、むしろ、暖かい眼差しでこちらの噂をしているようだ。僕も不愉快ではなく、時々は目線を合わせていた。
その人たちの面会が終了し、部屋を出て行きしなに、母に向かってこういわれた。
「綺麗なお婆ちゃんね。若いときはとっても美人でしたね」と。
身内びいきという言葉があるが、その通りだと思う。
そう言って自慢しているというのも本当だと思う。
しかし、他の人にそう言われるの母はの徳というものだと、僕はそう思う。
年をとってどういう顔になるのかというのは、その人の生きてきた軌跡にあるのだと思う。
母が見も知らぬ人にそう言われるのはそれなりに、母の生き方が、加齢の歴史が、良きものであったのだと僕は思った。
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