大概は病院のご厄介になって最後を向かえる人が多くなったように
感じます。
その昔は家で死んでいった年寄りが多かったのは、介護なんて
言葉が無くて、当然のように家族(特にヨメですかね?)が面倒を
みていたんですよね。
それはそれで大変なことだったし、自分の人生なんて考えることも
ままならなかった時代が過ぎ去って、自分に向かっての意識が
鮮明になったこの10年だったのかもしれない・・・・・
まわりで親の死がちょくちょくありますが、80台に乗っていないと
早すぎる感じがするのも、ここ10年のことです。
昨日は仕事をしていてすごいめまいというか、気持ちの悪い脳内で
異常が起こったような感覚で一瞬マズイと思ったんですが、地震でした。
昔から高い吊り橋で揺られるのはとても苦手で、平衡感覚に異常が
あるような運動神経でもなかったんで、これが人間消滅するときの
感覚なのかなと思っていました。
二年前の脳梗塞騒ぎのときも、そんな感覚でした。
地震の災害で命を落とした人たちは、こんな気持ちの悪い感覚を
引きずって最後を向かえたんでしょうか?
不謹慎かもしれませんが、自分のここ数年に照らして考えてしまいます。
感じます。
その昔は家で死んでいった年寄りが多かったのは、介護なんて
言葉が無くて、当然のように家族(特にヨメですかね?)が面倒を
みていたんですよね。
それはそれで大変なことだったし、自分の人生なんて考えることも
ままならなかった時代が過ぎ去って、自分に向かっての意識が
鮮明になったこの10年だったのかもしれない・・・・・
まわりで親の死がちょくちょくありますが、80台に乗っていないと
早すぎる感じがするのも、ここ10年のことです。
昨日は仕事をしていてすごいめまいというか、気持ちの悪い脳内で
異常が起こったような感覚で一瞬マズイと思ったんですが、地震でした。
昔から高い吊り橋で揺られるのはとても苦手で、平衡感覚に異常が
あるような運動神経でもなかったんで、これが人間消滅するときの
感覚なのかなと思っていました。
二年前の脳梗塞騒ぎのときも、そんな感覚でした。
地震の災害で命を落とした人たちは、こんな気持ちの悪い感覚を
引きずって最後を向かえたんでしょうか?
不謹慎かもしれませんが、自分のここ数年に照らして考えてしまいます。
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at 11:39
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