こんにちは。
今回は少し長文になったため、3回にわたって掲載します。
次回(その2/3)は5月7日(時間未定)掲載予定です。
それでは、(第四話「佐伯警部補の肖像」その1/3)
を始めます。
--------------------------------------------------------------------
島根県東部に位置するI市、そのI市の警察署、署長室。
天井近い壁に、歴代署長の肖像画と並び、ひときわ若い顔の絵がある。佐伯幸治警部補の肖像画である。
「はいっ、行方不明になった日の午後11時頃です。工員服の男が、3〜4歳位の男の子の手を引き、H川の土手の上を歩いているのを、暴走族の一団が目撃しておりました。危なく撥(は)ねるところだったげで、顔もよう覚えちょる言っております。」
「安藤だ」
I市郊外の駐在所警察官の報告を聞き、佐伯警部補は直感した。
そして、汗ばんだ手で黒い受話器を握り直し、強く耳に押し当てた。
記録的な残暑が見舞った、昭和40年9月のある日。
地元プレス工場経営者の、四歳の息子が、何者かに連れ去られた。
複数の目撃証言で、ひと月前にこの工場を解雇になった、元プレス工、安藤保という17歳になる男が、容疑者に浮かんだ。
工場経営者に解雇の理由を尋ねると、何か釈然としない物言いであったが、どうも工場内で負傷してしまい、それからの解雇であったらしい。
行方不明から2日たっても、身の代金要求などはまだない。しかし、佐伯警部補を中心に、誘拐事件として特別捜査本部が置かれ、安藤と子供の行方を追っていた。
佐伯が、電話を切るのを待って、後ろに居た工藤署長が声をかけた。
「どげな?(どうだい)足取りは掴めたか?」
「はい、署長。潜伏先はまだですが、何人かの目撃者がおりました。どうもH川沿いに潜んでいるようなので、すぐ現場に行ってきます。」と机に置いてあった上着を手に取った。すると、署長はそれを制し言った。
「まあまあ、焦るな。昼飯食ったかあ。」
「いえ、まだ。」と答えながら壁の時計を見ると、午後2時になろうとしていた。
署長は持っていた、大きな弁当箱を持ち上げた。
「わしもまだだけん、一緒に食わこい(食べようよ)。」と空いている椅子を佐伯の机に引き寄せ、腰掛けた。
「事件が見えて来たら、それこそ落ち着きが肝心だなあ。昼抜きすると、午後からしんどくなるけん、食わなあいけんよ。愛妻弁当じゃろうが。」
言われて佐伯は、机の上の、藍染めの風呂敷包みを見た。
「今はまだ容疑者も極度な緊張状態じゃけん、やたらな動きを見せると、子供に影響が出る。」
そして署長は表情を緩めながら、箸を持つ手で、自分の腹をなぞった。
「何ヶ月になるかのお?」
妻、泰子の大きなお腹を思い浮かべて、佐伯は答えた。
「はい、来月の予定ですので、もう、9ヶ月目です。」
「あんたらは、ほんに立派な夫婦じゃけん、わしも早う子供の顔が見とうてなあ。孫の時よりも、わくわくどきどきだ。あははっ。」
泰子を紹介し、仲人を務めた署長は、笑って言った。
佐伯も弁当の蓋を取りながら、笑みをこぼした。
「はい、順調にいっておるようですので。ご心配おかけしまして、、、」
「あははっ、ご心配はしとらんって。」
佐伯夫婦は、お互い30代後半の遅い結婚であった。
佐伯は仕事柄で婚期を逃し、妻の泰子は、父の看病のため婚期を逸していた。
結婚後も、佐伯の多忙さは一緒だったが、待っている妻がいるというだけで、心に潤いが沸き、仕事も充実した。
今は、泰子がつくり出す平凡な生活が、佐伯の心の糧になっているのだ。
仕事柄、悲惨でむごい事件も多く、以前は良く自分を見失い、生活も荒れた。
しかし今は、この平凡な日常があればこそ、心が安定する。そして、この平凡で静かな日常は、泰子の人知れない努力によってあるのだと、佐伯は心に刻んでいた。
署長と佐伯が、遅い昼食を取っていると、担当刑事が二人の間に飛び込んで来た。
「例の行方不明事件、経営者宅に、身代金要求の電話がありました。」
署長は、軽くなった弁当箱の包みを抱え、立ち上がり佐伯に言った。
「よし!捜査令状だ。営利誘拐容疑!佐伯君はすぐ、安藤のアパートにガサ入れてくれ。おらんと思うが、後で令状持たせるけん。ドア、はずしてなあ。それと、機動隊の要請もしておくけん。潜伏場所が分かりしだいすぐ連絡する。」
そこまでまくしたてると、署長は鑑識に急いだ。佐伯も、大急ぎで警察署を出て、パトカーに乗り込んだ。
安藤容疑者の部屋に、足を踏み入れた佐伯は、いい知れぬさみしさを覚えた。
3帖一間いっぱいに、よどんだ西日が満ち、壁に貼られたアイドルの顔を茜色に染めている。これといった家具も無く、人の気配も感じないが、それでいて人いきれのする、息苦しい部屋だ。畳は暑さと湿気で膨らみ、歩く佐伯の足裏を、力無く押し返している。
佐伯は、目の前にある小さなちゃぶ台の上を見た。どこか温泉地名の入った湯のみ茶碗の横に、乾いた血で汚れた包帯が、几帳面に丸めてあった。
それから、佐伯はちゃぶ台の下にある、小さな炊飯器に手を伸ばした。蓋を取ると、一粒の米も無く、空っぽだった。
一緒に来た鑑識に、指紋採取の指示を与えると、佐伯は部屋の隅にある、みかん箱を調べた。
壁に掛かった2着の洋服と、このみかん箱の中身が安藤の全財産なのだ。
箱の中には中学の卒業アルバムと、読み込まれた雑誌に混じり、はがきと封書の束があった。ほとんどが同じ島根県山間部の過疎部落の住所からのものである。
「保様へ、ありがとう。仕送り着きました。なんてて、この夏は畑のキュウリが虫にやられてしまって、大弱りです。、、、」
どれも手紙の出だしは「保様へ、仕送りありがとう。」と書かれた母からの手紙であった。中に混じって、高校に通う妹の手紙もあり、それも「兄ちゃんへ、仕送りありがとうございます」と始まっていた。
みかん箱の底には、ブリキの菓子缶があった。中には、紫色の布にくるまれて古い止まったままの腕時計と、数枚の写真がある。おそらく父親であったろう白黒写真は、弱い笑い顔を佐伯に向けた。はがきの文面から、父はすでに他界していることを知った佐伯は、しゃがんで痺れた膝を伸ばし、立ち上がった。
夕日の貼り付いた窓を開け、部屋に風を入れて佐伯は思った。
「安藤を追いつめてはいけない、もう十分に彼は追いつめられている。」と。
(つづく)
文章は、私の夢想です。掲載画とは、直接の関係はありません。
この作品のサイズは約32.8×41cm(F6号)板に油彩
作品表に作者サインと年期(1929年)があります。
次回(第四話「佐伯警部補の肖像」その2/3)は
5月7日(時刻未定)掲載予定です。
http://www31.ocn.ne.jp/~tokyusha/
今回は少し長文になったため、3回にわたって掲載します。
次回(その2/3)は5月7日(時間未定)掲載予定です。
それでは、(第四話「佐伯警部補の肖像」その1/3)
を始めます。
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天井近い壁に、歴代署長の肖像画と並び、ひときわ若い顔の絵がある。佐伯幸治警部補の肖像画である。
「はいっ、行方不明になった日の午後11時頃です。工員服の男が、3〜4歳位の男の子の手を引き、H川の土手の上を歩いているのを、暴走族の一団が目撃しておりました。危なく撥(は)ねるところだったげで、顔もよう覚えちょる言っております。」
「安藤だ」
I市郊外の駐在所警察官の報告を聞き、佐伯警部補は直感した。
そして、汗ばんだ手で黒い受話器を握り直し、強く耳に押し当てた。
記録的な残暑が見舞った、昭和40年9月のある日。
地元プレス工場経営者の、四歳の息子が、何者かに連れ去られた。
複数の目撃証言で、ひと月前にこの工場を解雇になった、元プレス工、安藤保という17歳になる男が、容疑者に浮かんだ。
工場経営者に解雇の理由を尋ねると、何か釈然としない物言いであったが、どうも工場内で負傷してしまい、それからの解雇であったらしい。
行方不明から2日たっても、身の代金要求などはまだない。しかし、佐伯警部補を中心に、誘拐事件として特別捜査本部が置かれ、安藤と子供の行方を追っていた。
佐伯が、電話を切るのを待って、後ろに居た工藤署長が声をかけた。
「どげな?(どうだい)足取りは掴めたか?」
「はい、署長。潜伏先はまだですが、何人かの目撃者がおりました。どうもH川沿いに潜んでいるようなので、すぐ現場に行ってきます。」と机に置いてあった上着を手に取った。すると、署長はそれを制し言った。
「まあまあ、焦るな。昼飯食ったかあ。」
「いえ、まだ。」と答えながら壁の時計を見ると、午後2時になろうとしていた。
署長は持っていた、大きな弁当箱を持ち上げた。
「わしもまだだけん、一緒に食わこい(食べようよ)。」と空いている椅子を佐伯の机に引き寄せ、腰掛けた。
「事件が見えて来たら、それこそ落ち着きが肝心だなあ。昼抜きすると、午後からしんどくなるけん、食わなあいけんよ。愛妻弁当じゃろうが。」
言われて佐伯は、机の上の、藍染めの風呂敷包みを見た。
「今はまだ容疑者も極度な緊張状態じゃけん、やたらな動きを見せると、子供に影響が出る。」
そして署長は表情を緩めながら、箸を持つ手で、自分の腹をなぞった。
「何ヶ月になるかのお?」
妻、泰子の大きなお腹を思い浮かべて、佐伯は答えた。
「はい、来月の予定ですので、もう、9ヶ月目です。」
「あんたらは、ほんに立派な夫婦じゃけん、わしも早う子供の顔が見とうてなあ。孫の時よりも、わくわくどきどきだ。あははっ。」
泰子を紹介し、仲人を務めた署長は、笑って言った。
佐伯も弁当の蓋を取りながら、笑みをこぼした。
「はい、順調にいっておるようですので。ご心配おかけしまして、、、」
「あははっ、ご心配はしとらんって。」
佐伯夫婦は、お互い30代後半の遅い結婚であった。
佐伯は仕事柄で婚期を逃し、妻の泰子は、父の看病のため婚期を逸していた。
結婚後も、佐伯の多忙さは一緒だったが、待っている妻がいるというだけで、心に潤いが沸き、仕事も充実した。
今は、泰子がつくり出す平凡な生活が、佐伯の心の糧になっているのだ。
仕事柄、悲惨でむごい事件も多く、以前は良く自分を見失い、生活も荒れた。
しかし今は、この平凡な日常があればこそ、心が安定する。そして、この平凡で静かな日常は、泰子の人知れない努力によってあるのだと、佐伯は心に刻んでいた。
署長と佐伯が、遅い昼食を取っていると、担当刑事が二人の間に飛び込んで来た。
「例の行方不明事件、経営者宅に、身代金要求の電話がありました。」
署長は、軽くなった弁当箱の包みを抱え、立ち上がり佐伯に言った。
「よし!捜査令状だ。営利誘拐容疑!佐伯君はすぐ、安藤のアパートにガサ入れてくれ。おらんと思うが、後で令状持たせるけん。ドア、はずしてなあ。それと、機動隊の要請もしておくけん。潜伏場所が分かりしだいすぐ連絡する。」
そこまでまくしたてると、署長は鑑識に急いだ。佐伯も、大急ぎで警察署を出て、パトカーに乗り込んだ。
安藤容疑者の部屋に、足を踏み入れた佐伯は、いい知れぬさみしさを覚えた。
3帖一間いっぱいに、よどんだ西日が満ち、壁に貼られたアイドルの顔を茜色に染めている。これといった家具も無く、人の気配も感じないが、それでいて人いきれのする、息苦しい部屋だ。畳は暑さと湿気で膨らみ、歩く佐伯の足裏を、力無く押し返している。
佐伯は、目の前にある小さなちゃぶ台の上を見た。どこか温泉地名の入った湯のみ茶碗の横に、乾いた血で汚れた包帯が、几帳面に丸めてあった。
それから、佐伯はちゃぶ台の下にある、小さな炊飯器に手を伸ばした。蓋を取ると、一粒の米も無く、空っぽだった。
一緒に来た鑑識に、指紋採取の指示を与えると、佐伯は部屋の隅にある、みかん箱を調べた。
壁に掛かった2着の洋服と、このみかん箱の中身が安藤の全財産なのだ。
箱の中には中学の卒業アルバムと、読み込まれた雑誌に混じり、はがきと封書の束があった。ほとんどが同じ島根県山間部の過疎部落の住所からのものである。
「保様へ、ありがとう。仕送り着きました。なんてて、この夏は畑のキュウリが虫にやられてしまって、大弱りです。、、、」
どれも手紙の出だしは「保様へ、仕送りありがとう。」と書かれた母からの手紙であった。中に混じって、高校に通う妹の手紙もあり、それも「兄ちゃんへ、仕送りありがとうございます」と始まっていた。
みかん箱の底には、ブリキの菓子缶があった。中には、紫色の布にくるまれて古い止まったままの腕時計と、数枚の写真がある。おそらく父親であったろう白黒写真は、弱い笑い顔を佐伯に向けた。はがきの文面から、父はすでに他界していることを知った佐伯は、しゃがんで痺れた膝を伸ばし、立ち上がった。
夕日の貼り付いた窓を開け、部屋に風を入れて佐伯は思った。
「安藤を追いつめてはいけない、もう十分に彼は追いつめられている。」と。
(つづく)
文章は、私の夢想です。掲載画とは、直接の関係はありません。
この作品のサイズは約32.8×41cm(F6号)板に油彩
作品表に作者サインと年期(1929年)があります。
次回(第四話「佐伯警部補の肖像」その2/3)は
5月7日(時刻未定)掲載予定です。
http://www31.ocn.ne.jp/~tokyusha/
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お読みいただきありがとうございます。
前のを見たら、コメントいただいていたようでごめんんさい。
振り返らないタイプなもので、掲載しっぱなしで、次行ってます。
で、この4話もかなりぐちゃぐちゃ(生活)で書いていまして、
展開は今のところ見えていません。でもよろしかったら、
また、寄ってください。