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文明の利器、家に居ながら友達を作れる、素晴しいことですが、灰色の脳細胞を、働かさなくてはならぬ、これも楽しみの一つですね、よろしかっらお付き合いを。

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こいのぼり[2008年05月02日(金) ]
江戸っ子は、五月の空の吹流し、口ばかりで腹はなし。

べらんめえ調子でまくし立てる、江戸っ子言って仕舞えば後は、けろりとして根に持たない、

五月五日は、子供の日、大空高く鯉のぼり舞い遊ぶ、端午の節句、その風習は病気や災厄を避ける為の、宮中行事で、三国志の時代に魏の国で定められたのが、やがて、日本に伝えられたそうです。

端午は月の(端)初めの午の日と言う意味ですが、(午)ご、と五が同じ音なので、五月五日になったそうです。

鯉のぼりや、鎧兜を飾る様になったのは、江戸時代からです。
この時代の武家において、男の子、特に長男が生れた時は
幟旗を立て、鎧、兜、を飾ったといわれます。
幟旗は、戦の時の、敵味方、識別に使われました。この、幟旗を戦場で立てる事は武士の誉れでもあった訳です。此れが、太平の徳川時代に形として武家の間で我が家に立てる事が広まりました。

ところが、財力の有る商人や気風の良い町人は負けていません。
五月晴れの大空を、大河や大海原に見立てて、鯉のぼりをたてました。
此れは、上方の方から江戸に流行ってきたそうです。ところで、なぜ鯉かと言いますと、鯉の滝登り、と言うのがあります、滝を登りきった力強い鯉は竜に成ると、中国の言い伝えがあります。登竜門と言う言葉はこの事を言うのだそうです。商人や町人は格式では武家にかなわないけど、
幟は幟でも、鯉のぼりは武家のそれよりも、高く上げてもお咎めなし

子を思う、商人、町人の心意気、五月の空に舞い踊る鯉のぼり、こちらの法に、軍配が上がったようです、

Posted at 21:24 | この記事のURL
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コメント


こずかたさん、初めまして、読ませて頂きました。
サヨウナラ、が気になりましてね、でも、コメントはしなかったんですが
アレ〜。です。

生きとし生けるもの、真ん中はどうあろうとも、また、時代に翻弄されようと、最後は、サヨウナラの一言ですよね、

サヨウナラの一言さえ言えずに、散った花びらの無念さを痛感します。
Posted by:た-ぼ-  at 2008年05月16日(金) 23:05

初めて「サヨウナラ」を訪問いただいたようです。
後、数回で終わります。読んで下さいましたこと感謝致します。
Posted by:こずかた  at 2008年05月16日(金) 22:30

子鹿さん、鬼以来の書き込みです。
鯉のぼりの、黒い鯉、真鯉ですね、私も子供の頃見た記憶が有ります。
西国九州は、特に男尊女卑こ強いとこです。そこに長男が生れますと、大きな真鯉が、風になびくことになるのでしようか。私は西国生まれですので、子供の頃はそう思っていましたが、端午の節句は男の子の祝い、桃の節句は女の子の祝い、桃の節句を、上巳の節句とも言います、

黒いどっしりした色は、男の強いイメ−ジがありますね。それで端午の節句の鯉のぼりは、黒地に金泥のひげ模様で威風堂々と大空に泳がせたのかな、昔の人は、

今の鯉のぼりは、家族てきな雰囲気がありますね、
大きな真鯉の下に大きな緋鯉があり、小さな真鯉の下に小さな緋鯉が居る
理想的な家族ですね。

百足、前に進むのみ、意気込みは判りますが、悲壮感もちらり。
Posted by:た-ぼ-  at 2008年05月04日(日) 22:27

鯉幟といいますと、昔は「黒」だけだったそうですね。
錦絵にも確か、ドデカイ!のが描かれていました。

子供の頃、「子供の日」には、銭湯で菖蒲湯に入る事ができ
一抱えもあるのが2つ浮かべてありまして・・・いい香りと共に
乗っかって遊んだものでした。
今だって、したい!です〜。

幟には、小説で読んだ中で今も印象に残っているものがあります。
「むかで」を旗印に・・前に行くのみで下がることが出来ないそうですね。
私は、戦国の武士のその心意気が・・なんとも好ましいのですよ。
Posted by:子鹿  at 2008年05月04日(日) 00:07

ルルさんの言葉に、大阪が出てこなければルルさんらしくないですね。
此処にも出てきました、豊太閤の夢の後、大阪城、この大手門を幟を立てた騎馬武者が威風堂々と出てくる様は、時代劇映画の見せ場の一つですね。
貴女のきょうだいも貴女のお子さんも、ナイチンゲ−ル、ですか、桃の節句を祝われた方ですね。桃の節句の桃の言葉にも込められた意味がありますよ。

我が家は、ナイチンゲ−ル、と、アルゼンチンタンゴ、ですので両方祝いました。

ルルさん、このしゃれ解かりますよね
Posted by:た-ぼ-  at 2008年05月03日(土) 20:51

>端午は月の(端)初めの午の日と言う意味…
そうだったのですか、勉強になりました。

大阪城の各門はとても高く作ってありますが、
聞きますと…幟旗を上げたまま通れるように作ったそうです。
旗を降ろして通るのは負け戦を表し、縁起が悪いそうですね。
姉妹で育ち、我が子も娘だけの私は、端午の節句にあまり馴染みがありませんが、菖蒲湯だけは毎年欠かさずやっています
Posted by:ルル  at 2008年05月03日(土) 00:21

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