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50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ http://www.stage007.com

一日一日確かめながら、日々の出来事を綴っています。“元気にしてますよ〜”のメッセージをこめて・・・・

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東海道(保土ヶ谷〜戸塚) [2007年06月10日(日) ]
土曜日。今回も運よくお天気に恵まれ、薄日のさす中、保土ヶ谷〜戸塚まで歩いてきました。今までの海岸沿いの街道から今回は山の中での道中です。
コースは
保土ヶ谷駅〜高札場跡〜保土ヶ谷宿〜其爪(しく)の句碑〜権太坂〜境木地蔵〜品濃一里塚〜大山道道標〜江戸方見附跡〜吉田大橋〜戸塚駅   約10キロ  5時間(昼食休憩含む)

講師の先生から「今日は権太坂を歩きます。しっかりウオーミングしてくださいよ!」との挨拶からスタートです。
権太坂はお正月の箱根駅伝でも難所として知られているところです。旧街道は少しコースから離れたところがその場所で、いまは坂道も少しは緩やかに整備されています。
景色のよいところで富士山も見えてますね。
当時は厳しい坂道が延々と続き、箱根に次ぐ難所と恐れられ、力尽きた人、馬など多数出たようです。お江戸出発から丁度夜。最初の宿泊場所の手前にある難所のため、身体の弱い人、子供などかなりの遺骨が発見されたようです。
そして無事戸塚宿到着です。

保土ヶ谷は昔の本陣・旅籠の面影の残った建物があり街道歩きの雰囲気が少しは感じられました。それぞれの案内板からその雰囲気を味わってください。
本陣跡(軽部家)
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Posted at 23:15 | | この記事のURL
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天は味方してくれた [2007年05月21日(月) ]
今日はとうとう雨かな??? 横浜方面晴れマークを信じながらJR東神奈川駅に向かう。東海道(神奈川宿〜保土ヶ谷宿)第5回目です。しっかり万歩計もつけています。

途中、東京・品川で雨が降り出しました。傘をさしてる人を見ながら、キット西は晴れる、せめて曇りとの一念を抱いて東神奈川駅下車。

“ヤッター雨は降っていない”いつものメンバーの顔が見える。自然と挨拶は「お天気持ちそうですね。」「よかったですね」

《今回の日程》
東神奈川駅〜金蔵院〜熊野神社〜成仏寺〜慶運寺〜神奈川の大井戸跡〜お台場跡〜本覚寺〜浅間神社〜旧帷子橋跡〜保土ヶ谷駅    約10キロ

相変わらず神社・仏閣が多い。

横浜は坂の町というイメージを持っていましたが、今の横浜駅も桜木町も山下公園・外人墓地・中華街すべて江戸時代は海の中だったというのには驚きました。

広重の絵からは海岸に沿って茶屋があり、旅籠が描かれ、人々が往来している。


関東大震災、第二次世界大戦でほとんどの遺跡がなくなり街道すらもわからなくなっているという。
唯一「松原商店街」の通りが旧東海道として残っているとの説明。この商店街、S27年戦後の物資不足から松原安売商店街として作られ、横浜の「アメ横」的存在として今も活気に満ち溢れています。
「寄り道はご法度ですよ」講師の先生の注意を聞くも幾分歩幅が狭くなったような〜

横浜開港と同時に各寺院は大使館となり領事館等として利用されている。

成仏寺・・・アメリカ人宣教師の宿舎とされ“ヘボン式ローマ字”で知られるヘボン博士が住んでいた。明治学院の創設者でもある。
慶雲寺・・・フランス領事館。一般に浦島寺とも呼ばれている。
      竜宮城から帰還した浦島太郎が自分の両親の墓を探しているうちにこの地方までやってきて、ここで墓を見つけたという。
      神奈川宿歴史の道シンボルマークである亀・青海波(セイカイハ)


もここからきているとか


浄瀧寺・・・イギリス領事館
宗興寺・・・ヘボン博士が診療所として開設
本覚寺・・・アメリカ領事館  特別高台の見晴らしのいい場所にある。山門にペンキを塗ったあとが今も残り、日本の塗装の第一号。
普門寺・・・イギリス仕官の宿舎
甚行寺・・・フランス公使館 (公使館は治外法権が認められた。)
そのほか熊野神社には樹齢400年の大イチョウの古木があり、幹の一部が戦災で炭になっているがまだ現存している

盛りだくさんで書きつくせないがシンボルマークの亀・青海波をたどっていくと歴史の場所に行き着けるように散歩道が整備されています
。皆さんも足を運んで見てください。

(今日の歩数 13912歩 378.4キロi 8,7キロメーター 約4時間)

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東海道(川崎宿〜神奈川宿) [2007年04月22日(日) ]
東海道(川崎宿〜神奈川宿)のコースは

JR川崎駅〜川崎宿〜佐藤本陣〜芭蕉句碑〜熊野神社〜市場一里塚跡〜鶴見橋関門跡〜生麦事件現場跡〜JR東神奈川駅

約9キロ 5時間半(昼食休憩含む)

川崎駅を出発して程なく、自転車に乗った初老の方が“そこの道行ったところのお寺、由緒あるお寺なんだよ〜!!行ってみたら〜”
又少し歩くと、別の初老の方が、“どちらからですか?どちらに行かれますか?”
又また別の方、“一里塚跡行く? ○○もあるよ〜”次々に声をかけて頂く。

今までに無い光景です。ツアーディレクター曰く。“この辺りの人達はおそらくボランティアで地元の案内をしている人達が多いんでしょうね〜”わが愛する町を見て欲しい。『歴史の町』という意識の高い人たちが多く住まわれていると認識しました。

鶴見橋のようすです

今回の道中一番の見所はやはり『生麦事件』でしょうね。その現場跡には、看板だけで、立派な普通の新しい住宅が建っていました。何か違和感が・・・・・


この街道は幕府に魚を献上する「御菜八ヶ浦」としてにぎわった場所。との事で今でも魚河岸として魚屋さんが多く軒を並べています。生麦事件の賠償問題から薩英戦争に発展し、日本の夜明けを早めたという現場であればそれに相応しい何か施設があってもと思われましたが・・・・?

一つ復活したものもあるのですよ。
紹介されたものが『鶴見名物 よねまんじゅう』です。

黄瀬戸の皿に並べてみました

江戸中期、八代将軍吉宗の頃、“初旅のまず鶴見から喰いはじめ”と東海道名物の一号とされたまんじゅうで、饅頭屋が沢山あったそうです。当時は塩餡入りの大福に似たものだったとか。

鉄道開通で街道を歩く人も無くなりよね饅頭屋は廃業に追いやられてしまいました。
戦後菓子組合の努力で復活されたそうです。
現代風に砂糖を加え、小型で食べやすいように工夫され、一口ですっぽり口に収まります。
ちょっと甘いかな?案外塩味のほうが美味しいかも?でももうすっかり無くなりました。
これから名物食べ歩きの旅になりそう!!
わあショック!!こんなに歩いたのに体重増えてる〜〜〜〜〜〜
おまけです。パンやさんの店先で

Posted at 21:40 | | この記事のURL
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東海道(品川〜川崎編) [2007年04月11日(水) ]
コースは
JR品川駅〜八ヶ山橋〜品川宿〜品川寺〜鈴ヶ森刑場跡〜磐井神社〜梅屋敷跡〜六郷渡しの橋〜川崎宿〜JR川崎駅
約11キロ・6時間(昼食休憩含む)

今回も33名参加。JR品川駅に集合。国道沿い、右手高台に御殿山を見て、八ヶ山橋を渡ると品川宿の入り口に到着です。

今までのビル街から一転して商店街の中を品川北・南・鮫川商店街と幅3間の道を車を避けながらの行列です。

《旧東海道》の標識があちらこちらに続いています。品川区あげての力の入れようです。駅前の観光案内所では品川界隈の地図を貰えるそうです。一日十分見てまわれるコースもあるそうです。

今回はお寺・神社が多く、後は『○○跡』で昔の面影は残っていませんでした。

道中の今の写真です。
荏原神社近くの櫻並木です
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Posted at 22:19 | | この記事のURL
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東海道 新橋〜品川つづき [2007年03月25日(日) ]
芝大神宮は、千木筥(ちぎばこ)の他にも、日本一長い大祭りとして「だらだら祭り」も有名です。9/11から21日まで種々の行事が行われ、16日には舞楽も奉納されるそうです。

また「め組の喧嘩」というものもあり、ここは江戸時代、境内は相撲・芝居小屋・見世物がかかり庶民の憩いの場として親しまれていたそうです。

突然に半鐘が鳴り出し、鳶頭と相撲取りの喧嘩が始まったというものです。今でも歌舞伎「神明恵和合取組」として上演されているという。(始めて聞く話で、内容はよく解りません)
喧嘩の元になった半鐘は三宅島に流されたという。すべて芝居がかっているようで・・・・

いろいろ盛りだくさんの神社を跡に次に又又有名な増上寺へと向かいました。

大門まで来ると、なんと何と東京タワーが見えてきました。

都庁の展望台やサンシャイン、六本木ヒルズなど高い建物からはよく見ていましたが、実際どこにあるのやら〜

「増上寺は浄土宗本山の一つで、上野寛永寺と並ぶ徳川家の菩提寺です。二代将軍秀忠が・・・・・・」

説明も上の空でデジカメ取り出しビューポイントを探し回りました。

丁度お寺の裏手に回ると、晴れ渡った青空にそびえるようにタワーが見えます。

下には桜並木です。 まだつぼみかたしで、いまいちですが、桜の満開時にまた訪れたいところです。



ちょっと上が切れてしまい再度撮りなおしです。



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Posted at 23:57 | | この記事のURL
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東海道 新橋〜品川 [2007年03月21日(水) ]
第2回目東海道歩いてきました。今回も33名の参加です。
コースは
新橋〜芝大神宮〜増上寺〜金杉橋〜西郷隆盛・勝海舟会見の地〜高輪大木戸跡〜泉岳寺〜品川駅

東京駅周辺の超高層ビルとは又違った10階建て前後のビルの合間をぬって歩いてきました。
途中「浅野主匠終焉の地」の碑があり、田村右京大夫の屋敷跡とのことですが、もうその面影はなく、車の行きかう大通りと化していました。

ほどなく最初の芝大神宮に到着。平安時代に創建され、1千年におよぶ歴史あるお社であり、関東のお伊勢さんとして崇敬されているそうです。
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Posted at 01:17 | | この記事のURL
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東海道五十三次街道を歩く会 [2007年03月12日(月) ]
「東海道五十三次街道を歩く」第一回目が始まりました。
お江戸日本橋から全長126里6丁1間(692km)京都三条大橋に向かって出発しました。

お天気も味方してくれ、少し肌寒い中JR東京駅日本橋口で集合34名参加の大集団になりました。

今日のコースは

大手町〜北町奉行所跡〜日本橋〜京橋〜銀座〜新橋 5キロ約3時間

先ず手始めにということでしょうか、東京駅周辺をぐるりと一回りして来ました。超近代的な建物の中で、江戸・明治・大正の面影が見て取れるように石碑がふんだんに作られています。

・常盤橋門跡・迷子しらせ石碑・日本国道路元標・名水白木屋井戸・日本橋
魚河岸記念碑・京橋大根河岸青物市場跡・八重洲河岸・江戸歌舞伎発祥の地・銀座発祥の地などなど

なかでも面白かったのが、

迷子しらせの場所:江戸は非常にまいごが多く、迷子になった人の特徴を書いた紙を張ったり、着ていた服のハギレを張ったり、こんな人探してます、こんな人預かってますとか、今の伝言板のようなものがあったそうです。
又それぞれの市場ですが、江戸はドンドン人が集まり、食料難になってきた。そこで、市場を作り、江戸城で賄い切った後の残ったものを町民に売買していた。残り物がなかったら庶民は当らないんですよね。

そして八重洲のゆらい、銀座の由来など盛りだくさんの講師の先生のユーモラスな口調、ガイディングレシーバー付きの説明にデジカメ撮影をしながらもしっかり聞く事が出来ました。

アットいう間の3時間でした。

家に帰ると、足の疲れよりも、頭の方がハードワークだったようで、ぐっすり
4時間昼寝をしてしまいました。

歩くよりも寝てる時間の方が長い第1回目でした。


Posted at 11:44 | | この記事のURL
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