惠(Cay)
花見小路末吉町西入ル北側、ここが私の生まれた場所です。地元の方か、かなり京都、祇園町に詳しい方なら分かるでしょうが花街(カガイと読んで下さいね)の真ん中です。母は祇園甲部の芸妓でした。父は、その近くで一軒の家を母にあてがい、私はそこで育てられます。
もう、お判りでしょうが、私は非嫡出子です。でも全く引け目は感じませんし、色町で育った事自体を非常に気に入ってます。夜になると芸妓さん、舞妓ちゃんの乗ったシボレーやキャデラックのハイヤーが行き交い、何処からとも無く三味線と太鼓の音が聞こえる、こんな風情が大好きです。
学校を出て数年は会社勤めも経験しましたが、やはり水商売が好きなのでしょう。でも男として生まれて来た以上、花柳界に望む職はありません。そこで22歳から実家を出て、神戸で本格的にホステス業に従事しました。いや実際は、18歳で既にアルバイト乍らホステスを経験していましたが、昼間は会社員でしたからね。
ん?男なのにホステス?と思われるでしょうね。そうです、いわゆるゲイボーイと言われるアレです。「にゅうはぁふ」などと言う言葉もありますが、私の大嫌いな言葉です。こんな意味不明な和製英語は恥ずかしくて使えません。この職業に就いて20数年、自分の店も持ちましたが例の神戸の震災で、あえなく倒壊。結局、素っ裸になって実家に戻りました。
なので、私の本格的なゲイボーイとしての出発点は神戸、三宮の「クラブ奈奈」になりますね。そのお店は残念ながらなくなってしまいましたが当時の朋輩連中が誰かStageに参加してくれてないかな?と微かに期待しています。
そうそうホステス業の傍ら、モータースポーツにもハマり、36歳で車を降りるまでレースに明け暮れました。'84鈴鹿シルバーカップ、'85中山ウェストジャパン両チャンプが唯一の勲章です。翌年カタヤマレーシングに入れましたが1年足らずでクビ!ですからねぇ。
私の人生で最も熱中したのは、音楽とレース、この二つです。
そして現在、mixiで知り合ったマイミクの友紀(ゆき)ちゃん。
彼女のお陰で私の人生が変わりつつあります。サボらず真面目にホルモン投与にも通い、自身を隠さず、偽らず、磨いて行くことが出来るようになりました。え〜、つまり、そのぉ、除睾済みでして、その他にもメスをいれてしまいました。この先も肉体改造に励む事となるでしょう。いやぁ、この歳でホンマ、えらいこっちゃ〜!!
でもね、私は自分がG.I.D.(性同一性障害)だなんて絶対に思えません。もし仮に性別変更までしたとしても埋没なんて出来ないでしょうし、逆に声を大にして履歴を話してしまいますよ。とにかく天邪鬼な性格です。皆が右を向けば、自分も右を向きたくても左に向いてしまいます。だって14歳の頃から大好きなSir.Eric Claptonですが、日本でも有名に成り過ぎた昨今、人前では敢えて口にしたくありません。G.I.D.も同じで、世の中にあふれ返ってますもんね。