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原爆投下、しょうがない発言[2007年08月07日(火) ]
久間防衛大臣が原爆投下をしょうがないと発言して問題になり辞任してもう2月は経つ。
その間、参議院選挙では自民党惨敗の一因に成ったことは間違いないし、長崎県下では国見高校の小嶺監督が圧倒的な知名度にもかかわらず、推薦人の久間大臣発言により僅差で敗北した。
昨日TVで広島の原爆式典をやっていたが、いまだに同発言の影響は大きく、ある老婦人が「この式典には、本当は来たくないんですよ。つらいことを想い出すから。それなのにあんな発言をする人は許せないですよ」と言っていた。
この被爆体験がある人とない世代では、決定的な違いがある。それは理屈とか、感情とかを超えて言葉では表せないものに違いない!
私の父もそうだった。もうすぐ三周忌がくるが、父こそ被爆者の中の被爆者で、爆心地で奇跡的に助かった。
両親は即死で、妹が2、3週間後に亡くなったと聞いている。
父は長崎大学の医学部のレントゲン技師で、永井隆博士の下で働いていた。爆心地にもかかわらず一命をとりとめたのは、強固な建物の中にいたからだろうが、体の中にはガラスの破片が死ぬまで残っていた。
そんな被爆体験を父は一度も私には話さなかった。いや話せなかったのだろうと思う。
息子にも伝えきれない、話す時に自己崩壊しそうなそんなつらい体験だったからだと思う。
しかし母から間接的に聞いた話だけで充分に伝わっている。
被爆後、10km離れた隣り町に妹と疎開したが、その妹も苦しみながら亡くなった。全く身寄りのない父は近くの人からリヤカーを借り、一人で妹の亡骸を、又市内の焼き場まで運び、順番待ちで、一晩妹の亡骸と過ごしたという。
この話しを聞いた時のことはよく覚えている。たしか高校生の頃だったと思うが、自分と同じ年代の時にそんな体験をして、そして自分達を育ててくれたのだから、もう父は絶対的なものだ、絶対逆らうまい!
父が生きていて、久間発言を聞いていたら腹の中が煮え狂う思いをしたに違いない。
父も私も戦後の高度成長時代のまっ只中を生きてきた。麻雀、ゴルフも父から教わった。父の記憶は遊びの中がほとんどであるが、そんな父も亡くなる3年前くらいから昔に戻っていった。
亡くなってから分かったのだが、やはり父の根本は一番多感な時期の戦後にあった。
それを歴史認識の差とか、憲法改正の流れだとかの中で「しょうがない」は許せない!

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コメント


最後まで読ませて頂きました。
何とコメントさせて頂いたらよいのか、、、。
何も書かずに失礼しようかとも思いました。
ただ、涙が流れて止まりません。
Posted by:パウアヒ  at 2007年08月07日(火) 20:28

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