昨日はポツリ・ポツリときたので退散してきましたが、きょう(10/20)改めて周辺を散策してきました。
美智子妃がご懐妊の時、お詣りされたという「子安神社社殿」です。(昨日はご神木の画像だけでした)
この社殿の裏は「古墳」だそうです。
検見川(ケミガワ)駅近くにある「検見川神社社殿」。
この境内にあった「君が代石」。
♪さざれ石の 巌をとなりて 苔のむすまで♪(国歌)
小さな石が集まってこのような巌になった と説明されています。
なお、やうち様のブログにも、違う巌ですが同じような説明の投稿がありましたので、ご参考になさって下さい。
最後の清国皇帝薄儀(ふぎ)の弟 愛新覚羅薄傑(あいしんかくらふけつ)が新婚生活を送った家 として保存されていて一般公開しています。
「浅草」と言えば「雷おこし」か、「神谷バーの電気ブラン」 を思い出しますが、この建物はその神谷バーの創設者「神谷伝兵衛」の別荘です。
【大正7年(1918)にできあがったといわれているこの洋館は,明治・大正時代の実業家の神谷伝兵衛が別荘として建てたものです。
市内に残る鉄筋コンクリート建築としてはもっとも古いもので,たいへん貴重なものです。
建物の外観は,一階ピロティー正面に5つの連続アーチが見られ,建物全体の外壁は白いタイルで仕上げられています。このような特徴は,ロマネスク様式に通じるものです。 】
と解説されていました。
ここも一般公開していますが、古い建物なので大勢が一度に入場しないように という注意があります。
蛇足ですが50年ほど前 この別荘の前は東京湾で、潮干狩りなど出来る遠浅海岸でしたが、昭和30年頃に埋め立てられました。
美智子妃がご懐妊の時、お詣りされたという「子安神社社殿」です。(昨日はご神木の画像だけでした)
この社殿の裏は「古墳」だそうです。
検見川(ケミガワ)駅近くにある「検見川神社社殿」。
この境内にあった「君が代石」。
♪さざれ石の 巌をとなりて 苔のむすまで♪(国歌)
小さな石が集まってこのような巌になった と説明されています。
なお、やうち様のブログにも、違う巌ですが同じような説明の投稿がありましたので、ご参考になさって下さい。
最後の清国皇帝薄儀(ふぎ)の弟 愛新覚羅薄傑(あいしんかくらふけつ)が新婚生活を送った家 として保存されていて一般公開しています。
「浅草」と言えば「雷おこし」か、「神谷バーの電気ブラン」 を思い出しますが、この建物はその神谷バーの創設者「神谷伝兵衛」の別荘です。
【大正7年(1918)にできあがったといわれているこの洋館は,明治・大正時代の実業家の神谷伝兵衛が別荘として建てたものです。
市内に残る鉄筋コンクリート建築としてはもっとも古いもので,たいへん貴重なものです。
建物の外観は,一階ピロティー正面に5つの連続アーチが見られ,建物全体の外壁は白いタイルで仕上げられています。このような特徴は,ロマネスク様式に通じるものです。 】
と解説されていました。
ここも一般公開していますが、古い建物なので大勢が一度に入場しないように という注意があります。
蛇足ですが50年ほど前 この別荘の前は東京湾で、潮干狩りなど出来る遠浅海岸でしたが、昭和30年頃に埋め立てられました。
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名所・旧跡はどの程度あるのか判りませんが、あまり期待はしていません(笑)。
それでも気になるのが「子安神社」の場所で、ポツンと在るのですがそれにしては立派な社で、傍を街道が走っている訳でもなさそう。 調べるとオモシロイかも知れませんね。