きょうの行程は 「雀宮から徳次郎(トクジラ)まで」で、それほど長い距離を歩くことになさそうです。
第6日目(11/4) 8時にホテルをスタート 天候は晴
雀宮から宇都宮までは立ち寄る場所もなさそう、それに引き替え宇都宮は奥州街道との分岐点であるし交通の要衝らしく、検索結果でも多くのお寺さんが市内に点在しているようです。
報恩寺の茅葺き山門(宇都宮市内)
なかなかの風情で、お寺さんとしては小さいのですが とても落ち着きます。
10時50分通過
蒲生君平の墓(宇都宮市内の桂林寺)
明和5年 〜 寛政10年 (1768〜1813)
生家は下野国宇都宮の燈油商で、父の名は福田正栄という。父の没後、兄が家業を継いだ。君平は自ら経史を学び、鹿沼石橋町の儒者・鈴木四郎兵衛(沢民)に師事。幼い頃、祖母より蒲生氏郷の庶族なることを教えられ、長じて自ら姓を蒲生と改めた。
荒廃した歴代天皇陵を調査して、1808(文化5)年著わした「山陵志」は幕末尊王論のさきがけとなった。
また、前方後円墳が「車塚」の名称で呼ばれていることに注目し、古墳を横から見た形を貴人の乗る屋形車に見立て、引く部分を前方、車の部分を後円とし「前方後円墳」と名づけた と言われているそうです。
11時半頃通過
「光明寺」(宇都宮からだいぶ北の方角)
ここも鐘楼付きの山門ですが、この山門を潜ると「ご詠歌」のような歌が流れてきました。(多分センサーが付いているのでしょう)
この歌をどの様に説明したらよいのか判りませんが、門の中のベンチに座って 聞いていると落ち着いてきます。穏やかな気持ちになります。 【こんな一人歩きのようなバカなことをしているうちに 私の中の何かが変わっているのでしょうか】
13時半頃から13時50分まで 山門の中で歌を聴きながら大休止
杉並木ではありませんが、日光街道が並木道に変わってきました。
これまでの日光街道は 街道とは名のみの平凡な道の連続でしたから、何故か嬉しくなってしまいます。
ここはまだ杉並木ではないと思うのですが、このような並木が多くなってきました。
この細い路は、車が走る日光街道と並行している「歩道」です。
宿は宇都宮市農林公園「ろまんちっく村」にある温泉宿泊施設です。 なおこのホテルは 日光街道からは2.5qくらい西に外れた所にありました。
16時半頃チェックイン 歩行距離は約21q強、時間は約8時間半
第6日目(11/4) 8時にホテルをスタート 天候は晴
雀宮から宇都宮までは立ち寄る場所もなさそう、それに引き替え宇都宮は奥州街道との分岐点であるし交通の要衝らしく、検索結果でも多くのお寺さんが市内に点在しているようです。
報恩寺の茅葺き山門(宇都宮市内)
なかなかの風情で、お寺さんとしては小さいのですが とても落ち着きます。
10時50分通過
蒲生君平の墓(宇都宮市内の桂林寺)
明和5年 〜 寛政10年 (1768〜1813)
生家は下野国宇都宮の燈油商で、父の名は福田正栄という。父の没後、兄が家業を継いだ。君平は自ら経史を学び、鹿沼石橋町の儒者・鈴木四郎兵衛(沢民)に師事。幼い頃、祖母より蒲生氏郷の庶族なることを教えられ、長じて自ら姓を蒲生と改めた。
荒廃した歴代天皇陵を調査して、1808(文化5)年著わした「山陵志」は幕末尊王論のさきがけとなった。
また、前方後円墳が「車塚」の名称で呼ばれていることに注目し、古墳を横から見た形を貴人の乗る屋形車に見立て、引く部分を前方、車の部分を後円とし「前方後円墳」と名づけた と言われているそうです。
11時半頃通過
「光明寺」(宇都宮からだいぶ北の方角)
ここも鐘楼付きの山門ですが、この山門を潜ると「ご詠歌」のような歌が流れてきました。(多分センサーが付いているのでしょう)
この歌をどの様に説明したらよいのか判りませんが、門の中のベンチに座って 聞いていると落ち着いてきます。穏やかな気持ちになります。 【こんな一人歩きのようなバカなことをしているうちに 私の中の何かが変わっているのでしょうか】
13時半頃から13時50分まで 山門の中で歌を聴きながら大休止
杉並木ではありませんが、日光街道が並木道に変わってきました。
これまでの日光街道は 街道とは名のみの平凡な道の連続でしたから、何故か嬉しくなってしまいます。
ここはまだ杉並木ではないと思うのですが、このような並木が多くなってきました。
この細い路は、車が走る日光街道と並行している「歩道」です。
宿は宇都宮市農林公園「ろまんちっく村」にある温泉宿泊施設です。 なおこのホテルは 日光街道からは2.5qくらい西に外れた所にありました。
16時半頃チェックイン 歩行距離は約21q強、時間は約8時間半
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at 18:05
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やはり東京のお寺とは違って、仰るように趣があって嬉しくなってしまいます。
休み休み歩きますから 何となく目的地へ なのでしょうか。
その代わり昼食休みは別ですが、途中の休みは5分以内にしていました。そうしないと疲れると思ったからです。