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優しい心[2008年01月20日(日) ]
先日「神田明神・浅草界隈」というタイトルで投稿しましたが、この中で申し上げた「まよひ子のしるべ」について補足したいと思います。

正面から見たもので、「まよひ子のしるべ」 と彫られています。


側面になりますが、ここには 「たずぬる方」 となっていまして、迷子を捜す時、特長などを書いて上にある四角い窪みに貼って置くそうです。(先日の投稿で載せた画像です)


逆の側面には 「志らする方」 となっていまして、迷子を保護した人がその特長などを書いて、やはり上の四角い窪みに貼って置くそうです。


私はここに刻まれている言葉が好きで、初めてこれを見た時はゾクッとするような感動を覚えました。
それは、「なんて 日本人は優しい心を持っている のだろう」と感じたからです。

東京・日本橋近くにある「一石橋」の袂にも、江戸時代に造られた物がありますので、東京駅や日本橋に来られた時は一度ご覧になっては如何かと思っています。

【東京中央区のサイトによると・・・江戸時代の後半、この一石橋から日本橋にかけては盛り場でした。そのため迷子も多く、町内で責任を持って保護をしなくてはなりませんでした。
そこで安政4年(1857年)に、土地の有力者が世話人となって、この石碑を建てました。

柱の右側には「志らする方」左側には「たづぬる方」と彫られています。その上にある四角いくぼみは、迷子やたづね人の特徴を書いた紙を貼り、それに心当たりがある人は迷子の消息を書いた紙を右側の窪みに張りました。
この石碑は江戸の町に多くの人がいて賑わっていたことを物語っています。】

この石柱は江戸(東京)に限らず、調べた範囲では 甲府・岡山・京都(中京区)・桑名・兵庫区 などにもあるとのことで、江戸時代や明治時代に建てられているようです。 

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コメント


funya さん、コメントを有り難うございました。
定年退職後、何もすることが無くなり仕方なく「散策」を始めまして、今では「東京散歩のトリコ」になっています。
けれども歩いていると色々な発見があって楽しいし、ストレスの発散も出来て「一挙両得」ですよね。
ただこんなに歩いていても 未だに素晴らしい出会いがないのが気に入りません(笑)
Posted by:遊歩  at 2008年01月28日(月) 22:01

優しい心、書くだけで優しい心になりますね。

お江戸話しは良いです。「江戸東京博物館」に行った時だったと思うのですが、ここで、この迷い子の石柱を見たと思います。
立ち止まってしげしげと眺めました。ゾクッとする、そうでした。
 ♪ いっこくば〜しで 待てば〜よ〜い
シトシトピッチャン の歌を歌っていました。

東京に行くついでに、目指す場所を用意しています。
神田明神も! 先日は西新井大師で豆を食べました
歩くのは楽しい遊びですね。
Posted by:funya  at 2008年01月28日(月) 18:24

ルルさん、コメントを有り難うございました。
たぶん当時は当て字など気にしなかったのでしょうね。漱石?の小説にも有ったような気がしますから・・・
江戸時代の庶民はつましく・貧しい生活なのではと思いますが、心根は優しかったのかも ですね。

そこへいくと今のご政道&対立グループは情けないの一言!
Posted by:遊歩  at 2008年01月21日(月) 22:34

kawayan さん、コメントを有り難うございました。
「迷子」の経験をお持ちですか、さぞかし心細かったのではないでしょうか?
これに類する碑がまだ在るのではないかと思っていまして、皆さんから情報をお寄せ頂けると有り難いと思っているのです。
Posted by:遊歩  at 2008年01月21日(月) 22:22

「志らする方」…暖かい優しさを感じますね
字も優しくていいです〜。
現代の誘拐・幼児殺害などに親子がピリピリしている風潮も、
このような気持ちになると無くなるかも知れませんね…
Posted by:ルル  at 2008年01月21日(月) 19:59

こういう碑があるのですね!。
私も小さい頃迷い子となり、専門業者?に拾われたことがありました。
戦後で食料がないおり、両親が食料でお礼をしたと聞きます。
この碑は善意の碑ですね。
Posted by:kawayan  at 2008年01月21日(月) 14:56

ieiesan さん、コメントを有り難うございました。
仰るように確かに石製 木製でも十分と思いますね。
推測ですが、木製もあったのでしょうが焼けたり・朽ちてしまったのでは?(笑)
Posted by:遊歩  at 2008年01月21日(月) 12:47

ババドルさん、コメントを有り難うございました。
今では本やTVの時代劇きり当時を思う方法がありませんが、少しの時間でも良いですからタイムスリップして覗いてみたい時代です。

別件ですが、是非また作品を投稿して下さい。
Posted by:遊歩  at 2008年01月21日(月) 12:41

子鹿さん、コメントを有り難うございました。
画像のものはいつ頃のものなのか説明がありませんが、それほど古くないようで拓本の跡もなかったように思います。
江戸時代=チャンバラ とTVなどで宣伝?されてしまっていますが、庶民はそれなりの暮らしや楽しみがあったのではないでしょうか。
Posted by:遊歩  at 2008年01月21日(月) 12:37

庶民の告知板  生活の知恵とは言いながら 石碑とは凄いですね。
Posted by:ieiesan  at 2008年01月21日(月) 07:24

迷い子を探す時は くち伝てより方法がなかった時代に このような石柱が出来た事は 重宝したでしょうね
遊歩さんが仰るように「知」じゃなくて「志」が使われているのが 当時の優しい心根を感じます
ひとつの石柱に 尋ねる 探す がある所が最高に良いです
Posted by:ババドル  at 2008年01月21日(月) 07:08

字がどれもとってもいいですね。
拓本を取りたくなるのではないでしょうかしら・・・。

本で読んだだけですが、捨て子、老人の介護など、長屋の人達など
お上から、いくばくかの支給を受け看るのが普通だったそうですね。

私達はお隣ですら、気軽に行き来できなくなり、資格云々を
云うようになり、信用すらしてもらえなくなり・・どうなったのでしょうね。
Posted by:子鹿  at 2008年01月21日(月) 00:09

Asuka さん、コメントを有り難うございました。
特に気に入ったのが「志らする方」で、「知らする方」なのでしょうが気にならず、却って暖かみを感じてしまいます。

触りたいと思う方が多いのでしょうね、一石橋の石柱は金網でガッチリとガードされています(笑)
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 23:00

賢さん、コメントを有り難うございました。
近所に怖い親父さんが幾人も居ましたよね、そして悪口を言いながらでも言うことを聞いていました。
今は「チョット怖くて」が先になって、情けないですが叱れません。

仰る通りで、町内で世話をしていたようですが、大変なのでこのような「知るべ石」を造った と何かで読んだような気がします。
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 22:55

chuuchichi さん、コメントを有り難うございました。
親子関係が壊れる原因として「子供部屋」を造ったからだ、と言う意見を聞いたことがありますが、一面正しいのではないでしょうか。「向こう三軒両隣り」も死語に近くなってしまったようですし、これもマンションのような造りがそうさせたのでしょうか?
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 22:45

静 さん、コメントを有り難うございました。
この言葉遣い(仮名遣い)を見て 私も感動してしまいました。
何か心が滲み出ているような気がするのです。
まだ探せばこれに似たものがあるかも知れないので、心掛けるようにします。
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 22:39

パパゲーノさん、コメントを有り難うございました。
受け売りですが、江戸時代に外国が日本を植民地化することを考えたようですが、親と子の繋がりの強さを見て諦めた という話を聞いたような記憶があります。
善・特に悪もグローバル化していくようですね。
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 22:34

Kenrob さん、コメントを有り難うございました。
江戸時代の子供は(なんて見たことはありませんが)親や奉公先に内緒でグループを作って「お伊勢参り」に出掛けたそうです。
「可愛い子には旅をさせよ」という言葉もこの頃からあったようです。

今の親も保護をしながら、時には子供を突き放すことも必要なのではないでしょうかねぇ。
Posted by:遊歩  at 2008年01月20日(日) 22:29

とっても良いですね。
かな文字が一層優しさを感じさせてくれます。
先人の方たちが利用されていたかと思うと、その石碑を触ってみたくも成ります。
どれだけの人が尋ねたり、知らせたりされたのでしょう?
一気にその時代にタイムスリップしそうですね
Posted by:Asuka  at 2008年01月20日(日) 20:19

こんいちは。

昔は赤の他人でも、大人が子供を叱ったし。
叱れて育って来ました。
今はそんな事したら親に怒られますからね。

迷子になった子は見付かる迄、
生活も見て貰っていたのでしょう。
Posted by:  at 2008年01月20日(日) 17:29

昔から日本人は心優しい人種なんでしょうね。
この石碑に刻まれていることば日本人本来の気持ちが集約されているようですね。
最近はこの様なことが忘れられてきている感じがしますので寂しい気持ちですね。
Posted by:chuuchichi  at 2008年01月20日(日) 17:14

こんにちは。

すばらしいですね。何だか感動しました。
時代を見ると ちょうど150年程昔の石碑なんですね。
いつまでも残してほしい、そして忘れてほしくない”思い”の遺産ですね。
Posted by:  at 2008年01月20日(日) 15:46

なんとも心がやわらぐお話ですね。
日本人には本来社会で子供を守る
気持ちが強く有ったのですね。
そんな日本の社会に戻りたいものだと
痛感しました。
Posted by:パパゲーノ  at 2008年01月20日(日) 15:36

はじめまして
村のガキ大将に混じって遊びほうけ日が落ちて家に帰ると、人買いに連れて行かれるぞ、とか天狗にさらわれるぞ、と親から怒られたことを思い出します。江戸時代あたりから社会問題化したらしい迷子や事故、人身売買などを防ぐために知恵を出し合い、隣近所の人たちが総出で迷子の救出にあたったという話は、今日の世相というか、擦り切れた人情と比較してしまいます。
石標を見られて感動されたのは昔人のやさしい心に触れられたからではないでしょうか。
Posted by:Kenrob  at 2008年01月20日(日) 15:33

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