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「日光街道一人旅」 其の8 [2007年11月16日(金) ]
きょうは「日光一人旅」の最終日。
行程は 「今市から日光まで」で、それほど長い距離を歩きませんからユックリと杉並木を歩くつもりです。

第8日目(11/6) 8時半宿をスタート
昨夜から明け方にかけて降っていた雨も上がり ラッキー

二宮尊徳の墓(今市の報徳二宮神社境内)
今市市の解説によると・・・二宮尊徳翁は天保13年(1842)56歳の時に幕府の役人に登用され、2年後に日光領仕法の計画を命じられました。
当時の日光神領は田畑は荒廃し、農業経営が成り立たない「潰れ」が多発する状況でした。このような状況から復興させるために、日光領仕法が行われたのです。
実際に仕法が行われたのは嘉永6年(1853)から尊徳翁が亡くなり、その遺命を息子の弥太郎が受け継いだ15年間 となっています。

尊徳は亡くなる間際、門人たちに『私を葬るに分を超えたことをしてはならない。墓石を立てることはするな。碑も立てるな。ただ土を盛り上げて、そのかたわらに松か杉を1本植えておけばそれでよろしい。必ず私の言うことに違うな』、と遺言していたそうです。

杉並木・・・この辺りは車の乗り入れ禁止区間もあり、そこは石畳が敷かれた遊歩道になっている所もありました。

戊辰戦争の時被弾した弾丸跡の杉(左杉の上の方に有る縦の裂け目)・・・
今から130年ほど前の戊辰の戦いで、官軍の大砲の弾丸が当たった「砲弾打込杉」が残っている、この周辺の倒木を調査すると時折り鉛の弾が発見されることがあり、この周辺は幕府軍との激戦区だった とのことです。

この他にも杉並木を歩いているとこのような大木もありました・・・日光並木太郎=杉並木のなかで、もっとも大きく美しいといわれる。
並木の中で一番大きな杉であり周囲 5.53m 樹高 38mで、姿美しく端正なことにより「並木太郎」というにふさわしい名木 と紹介されてます。(画像は省略)

異人石・・・明治の頃、杉並木を愛した外人がいて、この石を石屋に頼んで座りやすくしてもらい、毎日この椅子に座って杉並木を眺めていたそうで、異人石と呼ばれています。

この異人は・・・エルウィン・ベルツ(1849〜1913年)。1876年(明治9年)に東京医学校(現在の東京大学医学部)の教師としてドイツから迎えられ、内科学、生理学、病理学、婦人科学の教授を務めました。「日本医学の父」と称され、教授の傍らツツガムシなどの寄生虫学、脚気、温泉の効用などの医学研究の他に人類学、民俗学でも業績を残しています。また、帰国までの30年間、明治・大正両天皇の侍医をつとめていました・・・という説もありました。

11時 日光駅に到着

日光へ着きましたが、終着点の東照宮はこれから行くので、日光市内の事を含めて もう一回この場をお借りしてお話ししたいと思います。


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