お陰様でこの STAGE に入会して丸1年を過ごすことが出来ました。 この場をお借りして皆さまにお礼申し上げます。
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昨日(4/15) 東京の「千駄ヶ谷」へ行く用事がありましたので、この機会を逃すことは出来ない! と言うことで また「東京散策」をしてきました。
行った目的は、赤坂にある「勝海舟住居跡」を探すことでしたが、千駄ヶ谷駅から赤坂報土寺、氷川神社、南部坂、勝海舟邸跡、日枝神社、清水谷公園そして千鳥ヶ渕を通り、飯田橋駅までのコースを歩いてきました。
神宮外苑の銀杏並木ですが、あと半年もすると黄金色に黄葉します??
赤坂「報土寺」の築地塀で、200年ほど前の物だそうです。なお、ここには雷電為右衛門の墓があります。
雷電為右衛門(1768〜1825)・・・天下無敵の名力士と言われた江戸時代中期の大関で、相撲成績は、254勝10敗、引き分け他21、勝率96.29%、身長197p、体重169s
「勝海舟邸跡」で、ここには36歳(1859年)から45歳(1868年)まで住んでいて、この期間は坂本龍馬と出会ったり、咸臨丸の艦長として渡米したり、西郷隆盛と江戸城の無血開城会見などを行っていたそうです。
ここも勝海舟邸跡ですが、50歳(1872年)から亡くなる77歳まで ここに住んでいたとのことです。
この石碑には「勝安芳邸址」と刻まれています。
「半蔵門」と「半蔵濠」です。
江戸城の半蔵門は服部半蔵の屋敷が門前にあり、半蔵が守っていた門と言われています。
この場所は甲州街道(新宿通り)の起点となっていて、甲州方面の敵から江戸城を守るとともに、逆に江戸城に危難が迫った折には甲州方面に逃げるという要衝だったとのことです。
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昨日(4/15) 東京の「千駄ヶ谷」へ行く用事がありましたので、この機会を逃すことは出来ない! と言うことで また「東京散策」をしてきました。
行った目的は、赤坂にある「勝海舟住居跡」を探すことでしたが、千駄ヶ谷駅から赤坂報土寺、氷川神社、南部坂、勝海舟邸跡、日枝神社、清水谷公園そして千鳥ヶ渕を通り、飯田橋駅までのコースを歩いてきました。
神宮外苑の銀杏並木ですが、あと半年もすると黄金色に黄葉します??
赤坂「報土寺」の築地塀で、200年ほど前の物だそうです。なお、ここには雷電為右衛門の墓があります。
雷電為右衛門(1768〜1825)・・・天下無敵の名力士と言われた江戸時代中期の大関で、相撲成績は、254勝10敗、引き分け他21、勝率96.29%、身長197p、体重169s
「勝海舟邸跡」で、ここには36歳(1859年)から45歳(1868年)まで住んでいて、この期間は坂本龍馬と出会ったり、咸臨丸の艦長として渡米したり、西郷隆盛と江戸城の無血開城会見などを行っていたそうです。
ここも勝海舟邸跡ですが、50歳(1872年)から亡くなる77歳まで ここに住んでいたとのことです。
この石碑には「勝安芳邸址」と刻まれています。
「半蔵門」と「半蔵濠」です。
江戸城の半蔵門は服部半蔵の屋敷が門前にあり、半蔵が守っていた門と言われています。
この場所は甲州街道(新宿通り)の起点となっていて、甲州方面の敵から江戸城を守るとともに、逆に江戸城に危難が迫った折には甲州方面に逃げるという要衝だったとのことです。
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at 09:28
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