「どんな作品が目にとまるのか」とお尋ねしたら、「とにかく、品のない文章はダメです」と、お答えくださいました。
すぐに頭に浮かんだのが、藤沢周平です。
わかりやすい(でも常套句は使わない)
品がある(でも艶もある)藤沢周平作品には、武家もの・町人ものなど、多くの長短編があります。どれも捨てがたい感動があり、一つに絞るのは難しいのですが、「驟り雨」(新潮文庫)は、とりわけ印象に残る作品です。
あらすじは、あとでご紹介するとして、まずは書き出しから。
「盗人が一人、八幡さまをまつる小さな神社の軒下にひそんでいた。嘉吉という男である。
嘉吉は、昼は研ぎ屋をしている。…(略)…そうして回っている間に、これぞと眼をつけた家に、夜もう一度入り直すわけである」
2段落、5行、6文、文字に換算すると166字(数えた)。
誰がどこで何をしている、という状況を冒頭で説明するとともに、「で、それから?」という読者の興味を引いています。
「だが聞こえてくるしあわせそうな笑い声は、嘉吉のまぼろしのような物思いを無残に砕き、しあわせはとうの昔に失われて、いまは何も残っていないことを、あらためて思い出させるようだった」
さりげない表現の中にじんわりと光るものを感じます。いざ自分が描写するとしたら、こんな表現ができるかどうか。
さて、あらすじです。
≪あらすじ≫
ここと眼をつけた商家に忍び込むべく、嘉吉は軒下にひそんでいます。夜ふけて、折からの激しい雨。
そこへ、次々と、ひとが雨やどりに駆け込んできます。そのやりとりを、嘉吉は物陰から聞いています。
@お店の若旦那と奉公女。
ひそかな逢引の帰りで、女が身ごもったとかなんとか言って、男の態度が豹変。
嘉吉(あーよくあるパターンね。先は見えてる、ご愁傷様。とっとと行けよ!)
A金の分配でモメているやくざ者2人。
言い争いの挙句、一人が一人を刺したらしい。転がった男を捨てて一方は逃げる。
嘉吉(あら刺しちゃった、マイッタネ。ホトケがいたんじゃ仕事しにくいな…あれ、起き上がったよ、生きてたのか。おっしゃー行くぞー!)
B病気の母と幼い娘。
亭主に女が出来て捨てられたらしい。店賃が払えず、亭主を訪ねたが追い返された。
嘉吉(……)
母子のやりとりを聞いているうちに嘉吉の心がさざめいてきます。
不意の病で失った女房と娘の姿が、哀れな母子と重なります。
―なんてえもったいねえことをしやがる。
こんないい女房子どもがありながら、それでも足りずに家を捨てるなんて、ゆるせねえぜいたくな野郎だ。
雨の中、よろよろと歩きだす母親。泣き出す子供。
嘉吉はたまらず飛び出していきます。
驚きおびえる母子に、嘉吉は言うのです。
「おいらはしがねえ研ぎ屋だが、よかったら、ちっとぐれえ力になりまずぜ、おかみさん」
そもそも、まっとうな職人だった嘉吉が、なぜ盗人稼業に手を染めたか。
愛する者を失い、生きる支えをなくしたとき、彼は世間を憎んだのです。
「しあわせに暮らしている奴らが憎い」(あれ、最近どっかで聞いたような)
これは、世間を嫌い厭世感に浸っていた男にとって、失った愛する者たちへの鎮魂であるとともに、魂の再生を予感させる新たな出会いでもありました。
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at 09:17
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