私の職場には、「先生」がいて「生徒」がいます(注:学校ではありません)。
この仕事について5年。初めは慣れなくて、失敗ばかり…とくにH先生には何かと面倒をおかけしていました。
不手際があっても、生徒の手前、事務局スタッフを非難するわけにもいきません。H先生は、生徒に対しては実に上手にフォローしてくださいましたが、陰に回っては私に厳しい叱責をしました。
この道数十年のベテラン先生です。歯に衣着せぬ物言いに、多くのスタッフが一目置いていたし、煙たがってもいました。
でも…。
私は先生が苦手でも嫌いでもありませんでした。いつも叱られてばかりだったのに、不思議です。先生の叱責には、後をひかない潔さと、アフターフォローがあったからでしょうか。
私の不手際をガンガン叱る一方で、携帯を片手に「頼むわ〜。一生のお願いやから、○○の手配してえな。いやすんませんなァ、恩に着ますわ」と手早い対応。電話を切ったら、またお叱り
。
私は、頭を垂れて神妙を装いながらも『ヨカッタ。ラッキー
』と、胸をなでおろしていたものです。
H先生のもうひとつのエピソード。
同僚のM子と、単純な行き違いで仲たがいしたことがあります。M子は私の悪口を先生方に言いふらしました。自分がどれほどの被害者か、また、私がどれほどの冷血人間であるか、泣きの涙で訴えて回ったのでした。
分別ある先生方は、表面は同情を見せても本心から共感はしていなかったと思います。
3か月ほど、M子の派手な喧伝を横目に見ながら、ひたすら黙リ続けました。情に流されては終わりです。M子と同じことはするまいと決めていました。そんなことをしたら、狐と狸です。
ある日、H先生が私のことを「よう頑張ってるやん。あの子はプロ意識あるワ」と、別の先生に話していたことを知りました。
誰でもない、あのH先生に認めていただいたことが、どれほどうれしく心強かったでしょうか。
あれから数年経ちました。
H先生は、相変わらず職場で吠えています。
上司たちは、辟易としています。
今、私は、教室でH先生と話す時、少しだけ「上から目線」になりました
。
仕事を覚え、マネージメント力もちょっぴり向上したから、「マアマア、そんなこと言わないで」「だめです、今週末が期限です」などと、エラソーに言えるようになりました
この仕事について5年。初めは慣れなくて、失敗ばかり…とくにH先生には何かと面倒をおかけしていました。
不手際があっても、生徒の手前、事務局スタッフを非難するわけにもいきません。H先生は、生徒に対しては実に上手にフォローしてくださいましたが、陰に回っては私に厳しい叱責をしました。
この道数十年のベテラン先生です。歯に衣着せぬ物言いに、多くのスタッフが一目置いていたし、煙たがってもいました。
でも…。
私は先生が苦手でも嫌いでもありませんでした。いつも叱られてばかりだったのに、不思議です。先生の叱責には、後をひかない潔さと、アフターフォローがあったからでしょうか。
私の不手際をガンガン叱る一方で、携帯を片手に「頼むわ〜。一生のお願いやから、○○の手配してえな。いやすんませんなァ、恩に着ますわ」と手早い対応。電話を切ったら、またお叱り
。私は、頭を垂れて神妙を装いながらも『ヨカッタ。ラッキー
』と、胸をなでおろしていたものです。H先生のもうひとつのエピソード。
同僚のM子と、単純な行き違いで仲たがいしたことがあります。M子は私の悪口を先生方に言いふらしました。自分がどれほどの被害者か、また、私がどれほどの冷血人間であるか、泣きの涙で訴えて回ったのでした。
分別ある先生方は、表面は同情を見せても本心から共感はしていなかったと思います。
3か月ほど、M子の派手な喧伝を横目に見ながら、ひたすら黙リ続けました。情に流されては終わりです。M子と同じことはするまいと決めていました。そんなことをしたら、狐と狸です。
ある日、H先生が私のことを「よう頑張ってるやん。あの子はプロ意識あるワ」と、別の先生に話していたことを知りました。
誰でもない、あのH先生に認めていただいたことが、どれほどうれしく心強かったでしょうか。
あれから数年経ちました。
H先生は、相変わらず職場で吠えています。
上司たちは、辟易としています。
今、私は、教室でH先生と話す時、少しだけ「上から目線」になりました
。仕事を覚え、マネージメント力もちょっぴり向上したから、「マアマア、そんなこと言わないで」「だめです、今週末が期限です」などと、エラソーに言えるようになりました
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