シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

中距離パートナーRのこと、趣味の手織り…
日々つれづれを、のんびりゆったり綴ります。
(7/27「座無の創作ノート」休止いたします)

プロフィール
リンク集
驟り雨(藤沢周平)〜厭世から再生へ〜 [2008年07月19日(土) ]
大手出版社の元編集長だった方の講演会に出かけたことがあります。

「どんな作品が目にとまるのか」とお尋ねしたら、「とにかく、品のない文章はダメです」と、お答えくださいました。

すぐに頭に浮かんだのが、藤沢周平です。

   わかりやすい(でも常套句は使わない) 
   品がある(でも艶もある)

藤沢周平作品には、武家もの・町人ものなど、多くの長短編があります。どれも捨てがたい感動があり、一つに絞るのは難しいのですが、「驟り雨」(新潮文庫)は、とりわけ印象に残る作品です。

あらすじは、あとでご紹介するとして、まずは書き出しから。

「盗人が一人、八幡さまをまつる小さな神社の軒下にひそんでいた。嘉吉という男である。
嘉吉は、昼は研ぎ屋をしている。…(略)…そうして回っている間に、これぞと眼をつけた家に、夜もう一度入り直すわけである」


2段落、5行、6文、文字に換算すると166字(数えた)

誰がどこで何をしている、という状況を冒頭で説明するとともに、「で、それから?」という読者の興味を引いています。

「だが聞こえてくるしあわせそうな笑い声は、嘉吉のまぼろしのような物思いを無残に砕き、しあわせはとうの昔に失われて、いまは何も残っていないことを、あらためて思い出させるようだった」

さりげない表現の中にじんわりと光るものを感じます。いざ自分が描写するとしたら、こんな表現ができるかどうか。

さて、あらすじです。

≪あらすじ≫

ここと眼をつけた商家に忍び込むべく、嘉吉は軒下にひそんでいます。夜ふけて、折からの激しい雨。
そこへ、次々と、ひとが雨やどりに駆け込んできます。そのやりとりを、嘉吉は物陰から聞いています。

@お店の若旦那と奉公女。
  ひそかな逢引の帰りで、女が身ごもったとかなんとか言って、男の態度が豹変。
  嘉吉(あーよくあるパターンね。先は見えてる、ご愁傷様。とっとと行けよ!)

A金の分配でモメているやくざ者2人。
  言い争いの挙句、一人が一人を刺したらしい。転がった男を捨てて一方は逃げる。
  嘉吉(あら刺しちゃった、マイッタネ。ホトケがいたんじゃ仕事しにくいな…あれ、起き上がったよ、生きてたのか。おっしゃー行くぞー!)

B病気の母と幼い娘。
 亭主に女が出来て捨てられたらしい。店賃が払えず、亭主を訪ねたが追い返された。
  嘉吉(……)

 母子のやりとりを聞いているうちに嘉吉の心がさざめいてきます。
 不意の病で失った女房と娘の姿が、哀れな母子と重なります。

 ―なんてえもったいねえことをしやがる。

こんないい女房子どもがありながら、それでも足りずに家を捨てるなんて、ゆるせねえぜいたくな野郎だ。

雨の中、よろよろと歩きだす母親。泣き出す子供。
嘉吉はたまらず飛び出していきます。
驚きおびえる母子に、嘉吉は言うのです。

「おいらはしがねえ研ぎ屋だが、よかったら、ちっとぐれえ力になりまずぜ、おかみさん」




そもそも、まっとうな職人だった嘉吉が、なぜ盗人稼業に手を染めたか。
愛する者を失い、生きる支えをなくしたとき、彼は世間を憎んだのです。

「しあわせに暮らしている奴らが憎い」あれ、最近どっかで聞いたような) 

これは、世間を嫌い厭世感に浸っていた男にとって、失った愛する者たちへの鎮魂であるとともに、魂の再生を予感させる新たな出会いでもありました。



Posted at 09:17 | 座無の本棚 | この記事のURL
コメント(6) | トラックバック(0)

<< 2008年07月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
最新トラックバック