
こんばんは。小ざむです。
この数日、雨が降ったりやんだりで涼しい日が続いてましたが、今日は久しぶりに蒸し暑い一日でした。
秋の訪れが早いかも…なんて早合点しましたが、やっぱりいつもどおりの残暑ですね。
さて、つづきです。
どこまで書きましたっけ…? あ、鈴木さんが小津さんをポカポカやっつけたところまででしたね。
小津の魔法使い(其の7)
3
鈴木さんは手袋工場を辞めました。
工場長やパートのおばさんは泣いて引き止めましたが、鈴木さんはもう手袋の型どりなんてバカバカしくてやる気が起こらなくなっていたのです。
それに、毎日が忙しくて寝る時間もありません。
新聞連載、週刊誌の対談、旅のエッセイ、雑誌の短篇、文芸講演会と、いちどきに何本もの仕事を抱えています。しかも、その合間をぬって出版社の編集者と飲み屋へ行ったりゴルフに出掛けたりしなくてはなりません。
行く先々で女の人が寄ってくるようになりました。「作家」という名刺を差し出すだけで、やさしくしてくれます。今までこんなにやさしくされたことがない鈴木さんは有頂天です。だから、女の人からおねだりをされると何でも買ってあげます。
すると女の人はとっても喜びます。お嫁さんになると言ってくれる人もいます。何人かの女の人からそう言われ、鈴木さんは困ってしまいました。お嫁さんは一人ですもんね。 「お嫁さんにしてくれないなら、もうやさしくしてあげない」とすねる女の人もいます。すると鈴木さんは自分が意地悪をした気になり、女の人のご機嫌をとるため、またいろんなものを買ってあげるのでした。
そんなふうですから、お金がいくらあっても足りません。仕事はたくさんあるし、本の売れ行きも好調ですが、まだ鈴木さんの通帳には印税が入りません。
編集者が言うには、「今年売れた本の印税は来年入ります」とのこと。まだ先の話です。これでは印税が入る前に破産してしまうかもしれません。
一度でいいから腐るほど眠りたいと思います。どうしたらゆっくり眠れるのか、鈴木さんは知恵をしぼって考えました。
『そうだ、病気になればいいんだ』
これは名案です。病気になれば遠慮なく眠ることができますね。
そこで鈴木さんは、勇気をふるってカビのはえた食パンを食べました。でも、ほんのちょっぴり下痢をしただけで、寝込むほどではありません。
次に考えたのは、風邪をひくことでした。
お風呂からあがって素裸のまま、窓を開け放して寝ました。けれど、夜中に三回くしゃみが出ただけで、これも効き目がありません。まるで魔法にでもかかったようにピンピンしている鈴木さんです。
編集者は毎日のようにやってきて、催促します。
「早く新作を書いてくれませんかね。あなたは『平成の漱石』『日本のディケンズ』です。ここらでどーんと直木賞候補にあがるような作品を」
また、こうも言います。
「あなたは時代の寵児です。今まで誰も知らなかったローカルの文学賞から、いちやく中央文壇に躍り出た。これは奇跡か魔法です。あなたには運がある。その運を持続させるためにも、書いて書いて書きまくるんです。大丈夫、字さえ書いていれば本は売れます」
本当でしょうか。
しかし、悩んだり考えたりする余裕はありません。女の人に買ってあげた指輪や靴やバッグや洋服の代金が、通帳からどんどん落ちていきます。残高がなくならないように、講演やエッセイや小さな賞の選考委員や雑誌の対談を、次々とこなしていかなくてはなりません。そんなスケジュールの間に、睡眠時間を削って小説原稿を書くのです。
「主人公の名前が途中で変わってますよ。あと、季節が春から冬に逆行してました。こちらで直しておきましたけど」
と、編集者から文句を言われることもしばしばです。
数本の連載をかかえて締切に追われていれば、主人公の名前を混同するのも仕方がないかもしれません。鈴木さんはもう、自分がどんな小説を書いているんだかわからなくなっています。
ある日、本屋で雑誌の立ち読みをしていたとき、ちっともおもしろくないエッセイがあって、「誰が書いたんだろう?」と作者を見たら自分だったことがありました。
まるきり書いた覚えがないのですが、鈴木さんの名前が書いてあるのだから間違いないのでしょう。
新聞連載にいたっては会話の羅列。アイデアが浮かばないから仕方なく会話で行を埋めているのです。誰が読んだってつまらない小説です。それでも本は売れているし、仕事の依頼もくる。不思議といえば不思議でした。
(つづく)
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at 19:40
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