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『ワースト2位』  [2008年08月20日(水) ]
 僕はいつも訪中の折、パソコンで格安航空券を探すのですが、結局のところ何故か中国国際航空に落ち着くのであります。
 ついこの間までスタッフはみな中国人で、無論のこと機内アナウンスは中国語と英語のみだったのですが、近年に全日空と提携したとかで日本人が乗るようになり日本語案内が聞けるようになりました。
 これで、従来の無愛想で突慳貪な機内が、優しく心地よい雰囲気に少しく変わったのは言うまでもありません
 まぁー長い間、乗せてやってる、してやってると、凡そサービスとは何ぞやを知らずして来たお国ですから、急に笑顔を作れといっても無理なのは分かりますが、動作の云々より寧ろ、それが世界の常識と思っているほうが遥かに気色悪いですね。

 少し前の新聞記事に、「飛行機の遅れ、責任取ります」と。
 オリンピック期間中という限定付きだったのですが、中国民航局が、どのような理由であっても乗客に食事や宿泊先を無償で提供します、とね。
 これって世界の常識からすれば、何を今更ーー?!、ですよね。
 米フォーブス誌の定時離陸率ランキングによると、天候以外の理由で飛行機が遅延する、北京首都国際空港のそれはワースト2位なんだそうです。 
 日頃は民営とか民主とかと吹聴していますが、根底においては万事そんなものは糞食らへでありまして、それは民間機よりも公用機が最優先されるのが彼の国の常識だからであります。
 そもそも中国の法規からして、「遅延が発生した場合でも航空会社は各種の代替サービスを提供する義務は一切無い」のだそうです。

 口が裂けてもイマイチだったとは絶対に言わない、偽装と欺瞞で張りぼてのオリンピックも残すところ2日となりました。
 毎年に訪れるこの爺々にとって、彼の国の玄関口が早く世界の常識に近付いて、せめて離陸の時間くらいは時間通りに動いて欲しいものです。      瑠華


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『蝉の声』  [2008年08月19日(火) ]
    『静かさや岩にしみ入る蝉の声』芭蕉

  『奥の細道』の旅で芭蕉は、元禄2年5月27日(現暦7月13日)立石寺で初案の「山寺や石にしみつく蝉の声」・「さびしさの岩にしみこむ蝉の声」・「さびしさや岩にしみこむ蝉の声」の順に、三度の推敲を経てこの名句を詠んだといいます。
 岩に沁みるほどに寂とした場は、余程に探し回らないと今日の日本には最早残っていないのでは。

 我が家が建つこの島は海を埋め立てた人口島ですから、何処を見回しても凡そ自然というものには縁がありません。
 確かに、遠くに目をやれば六甲の峰々は眺められ、遥かに瀬戸内の端くれが垣間見られるものの、そこもまた山頂には鉄塔が建ち、裾には家々が迫り、コンテナ船が行き交って、とても静かさやどころではなさそうです。
 当島にはそのような静寂はありませんが、代わりにとでも言いましょうか、車道の騒音や、偶に聞こえるのんびりした汽笛を掻き消すように、蝉の大合唱が去年より更に激しく響き渡っています。
 僅か数日の命を知ってか知らずか、数年の土中に在ってその暗い隠逸の鬱憤を晴らすが如くに、それはもう煩いほどの音なのであります。
 しかしこれも、木々の芽立ちや草花の開花と共に訪れる四季の潤いとして、暫し鳴き止むを待つのみですが。 

   『鳴きやめて飛ぶ時蝉の見ゆるなり』正岡子規

 名句の後にお眼汚しになりますが、この爺々も駄句をひとつーーー

   『これはまぁ今年も更に蝉時雨』      瑠華



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『田舎者』  [2008年08月18日(月) ]
 世界人口からすると、日本人が世界の人々を自国に仲間入りさせようとすると、一人が凡そ50人に働き掛けなければなりません、しかし中国人が世界を征服したければ、一人が5人を制圧するだけで世界は自分のものになります。
 無論、今の中国がそんなことを考えているわけでもなく、そういう野心があるとしても、グローバル化した現代ではそれは不可能でしょう。
 しかし、中国の偽民主主義、それは共産党一党独裁政権を見ていると、旧来の世間知らずと、過激なナショナリズムに加えて、世界の常識・良識に添って共々に気遣いながら諍い無く付き合っていこうという、言うなれば世界の常識、マナーを守って行こう等との考えは、甚だ希薄なのでは?。

 オリンピックを契機に世界の仲間入りを果たした日本に倣って、彼の国民もまたこれからどんどんと海外に出て、世界の常識・良識を身に付けて行くと思いますが。
 それにしても、今様の中国を見ていると、多くの非常識や違反、偽善や強権をごり押しにしても、その人口の勢いで世界の5人に1人は我が中国人なのだから、世界の国々が常識のマナーの、人権の規範のーーと、何だ彼だと煩く言っても、所詮は我が国無くしては動きが取れないだろう。
 まぁー、ごたごた言いながらでも、何れ世界は済し崩しに我が中国の言いなりになるよーーと、凡そ非常識で危険極まりない目論みの基、妙な高を括っているのでは?。

 今時こんなことを言うと即、人権問題になり既に死語となっていますが、その昔「田舎者」という言葉がありました。
 おらが村の事しか知らず、村以外の人間との付き合いは無愛想なくせに高慢、外に対しては妙に団結心が強く、その癖お上には甚だ弱い村民、と、視野が狭くて偏屈者の総称として使われたものです。
 どうも彼の国は、田舎者臭くて仕様がありません。

 そう言えば、先日来グルジアを蹂躙して止まない似たような大国が、この国のお隣にいらっしゃいますね。
 よく見ると、どちらさんも一応、民主主義の看板は上げてはいらっしゃるのですが、両者とも一党独裁政権とその擬似国。
 やはり似たり寄ったりの、世に馴染まない田舎者であります。      瑠華


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『1.160.000.000の襤褸』  [2008年08月17日(日) ]
 何と!、幾つかの偽りも恥じずして、昨日またまたの誇大宣伝?。 
 開会式当日のテレビ視聴率は、89.1%であったと!?。
 この国の人口は約13億人。
 その数字でいくと、略11億6000万人もの国民が見たことになります。
 いやはや、この誇張!。
 世界の非難を浴びても尚止まない、人権弾圧に苦しむあの新彊ウイグル地区の人々もこの数字に入っているのでしょうか。

 北京オリンピックも、終了まで半分を切りました。
 オリンピックという一大イベントにあっては、その開会式の祝辞に続いて、閉会式の挨拶で、その国の凡その今後を知ることが出来ます。
 だから、何語とを以って締め括るかは分からないし、反って、何だか予想も出来るような一面もあって、それは興味を引くところです。

 しかし、この国の閉会式での挨拶は既に予想できます。
 閉幕式を待つまでもなく、彼の国はその締めくくりに何の躊躇いも無く胸を張って、多分こう宣言するでしょう。
 「我が人民の一致団結した結束と強い愛国心の元、全国民が歓喜のうちに、世紀のオリンピックは何の支障も偽りも、隠蔽も制約も、そして強権も束縛も無く、稀に見る自由且つ開放的な雰囲気の中で、世界第一級の成果を挙げ、隈なく全世界の絶賛を浴びながら大成功を見た。
 我が中華人民共和国は今日只今から、何の疑いも恥じらいも無く自由で開かれた民主主義国として、世界の先進国の仲間入りを果たし、何れは世界の大国になる」と。

 しかしねぇー貴方、終了まで後一週間もありますよ。
 お宅さんは当たり前の事と思っていても、世界の常識から見るところの「襤褸」が出ないと言う自信、ありますか?。      瑠華


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『そうは問屋が』  [2008年08月16日(土) ]
 古来より漢民族は、歴史に見る4000年もの戦乱に鍛えられ、それは自己防衛という本能的なものか、ひとつ金儲けに掛けては異常なまでの才能を発揮するのであります。
 それはもう、聡く鋭くはしこく、裏を返せばずる賢くえげつなく出し抜く、それが常識としてDNAに組み込まれている?、ほどに商売上手なのであります。
 比べる日本人は、まるで赤子の手を捻るが如きもののようでしかないのでは。

 が、その商才長けた華人たちも、このオリンピックではそうは問屋が卸さなかったようでして。
 近着の中国情報誌によると、オリンピックを当てにした北京市内の宿泊市場に異変が生じているそうな。
 星が並ぶ高級ホテルは言うに及ばす、中小の旅館から地方の人が泊まる木賃宿、そして一般の民家まで、この期間の外国人客を当て込んで派手に改装して、それはもう手薬煉引いて待ち構えていたらしい。
 処が欲を出し過ぎて、日頃は200元くらいの安宿を、あろうことか2000元、3.000元にも値を吊り上げたものですから、皆さんに総スカンを食らわされ、一流を誇るホテルは何とか部屋が埋まっているようですが、他の多くは全く当てが外れて、急遽、半額以下にするか、元の料金に戻した所もあったようです。

 しかし、そうそうお客のほうも甘くはありません。
 中でもその道ベテランの報道関係者などは、当初の少々は遠くても料金の安い街中を離れたところから、値切りに値切りながら便利な都心の小部屋に転居を繰り返しているようです。
 ですから、郊外の部屋は全くの空っぽ、お客が付いた都心部も足元を見透かされた安値攻勢で投資額に見合わず、ここでも赤字。
 空き部屋を持つ人は内装を施し、崩れ掛けの物置を改造し、雨後の竹の子のように増築あり新築ありと。
 ある新婚夫婦は、入るべき新居を更に豪華なものに模様替えして、装いも新たに待ち構えたそうですが、全く反応無し。
 オリンピック期間中の訪中客は通期並みとかで、日本からの観光客は特に冴えないとありました。

 それそうでしょう、それでなくても偽造に偽装、偽名に騙りーーと、その一部には政府そのものの主導も含めて、あらゆる面に疑問符が付くお国。
 昨日のテレビでは、開会式での例の録画花火に少女の口パク、そして会場周辺に配置されている武装警察隊やミサイル施設を、これから放映しないようにと中央政府から厳しいお達しがあったらしい。
 加えて、中国国旗を持って行進した「中国の56民族の代表」の殆どは漢民族だったとかの偽装。
 嘘の上塗りは、これからも続々とーーー???。
 ちょっと智慧の働く人なら、明らかに値段の釣り上がっているこの時期に、わざわざ張りぼての宿を訪れる人もおるまいに。

 お商売も面子も威勢も、須くは世界の常識に従ったほうが無難なようでして、はい。      瑠華



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『裏飯屋』  [2008年08月15日(金) ]
 少し古くなりますが、名漫才師やす・きよ事やすし・きよしの漫才に、裏千家を裏返して表万家の云々と言って笑わせる場面がありました。
 今日はお盆。
 先のブログで、本物の幽霊の出番がないのではと書きましたが、ますます物騒になる日本国、今宵お盆になとお出ましあって、久々の歓談に興じたいものですね。

 先日、電車の中で小さな子供が真顔で、何で幽霊はウラメシヤーと言って出て来るの?、だって家の裏はラーメン屋さんだよ!ーーとね。
 ハハハハーー!、ウラメシヤを裏が飯屋と思ったようですね。
 途中で下車してしまいましたが、??若いお母さんは一体どう答えたのでしょうか。
 何だか、漫才のようですね。      瑠華
 

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『カニバリズム』  [2008年08月14日(木) ]
 コロンブスによって食人種と報告されたカリブ族に由来し、スペイン語の訛りにから発せられた「カニバリズム (人肉嗜食・食人習俗)」は、人類が文明とか文化という高度な規範を持ち、その智慧の基、曲がりなりにも人々が融和とか善隣のうちに暮らし始めてからも、つい何百年か前まで存在したと歴史にあります。
 飢えに抗し得ずか部族の存続か、或いはその誇示の故かの様ざまな理由で、広い世界から孤立し、地域を侵し、人肉を食らうという、凡そ人として許されてはならない行為を、彼らなりに公に認めていた、とは驚きですね。
 そのためには裏切りや欺瞞、偽善は常で、寧ろ一人でも多くの人間を騙し殺め犯す者こそ、英雄名士と称えられたのでしょう。
 世界が彼らの扉を抉じ開けるまで、悪い意味での唯我独尊で俺が村を誇示し、世間知らずも恥じずして、我らの姿勢こそ世界の常識であるとーー。

 オリンピックも酣で、世界の人々が沸いています。
 何がなんでもの我武者羅な勢いで何とか開会式だけは恰好がついたーーと思っていたら、豈図らんや少女の独唱に花火に、胡同の隠蔽をーーと、歪んだ面子が次々と暴露され始めました。
 その上、これを恥じるどころか、こともあろうに責任ある者が記者会見という公の場で、「国の利益のためにやった」と、堂々と胸張る始末。
 まぁー、枯れ草に緑のスプレーを吹き掛けて国土緑化推進国を誇示し、ミッキーマウスの耳に四角い穴を開けてこれは中国の鼠であると豪語し、日本のUCC上島コーヒーを歪めてUBCと表示して恥じないーー、こんな国ですから今更、驚きも何もしませんがね。
 だからと言って、油断できないのがこのお国。
 何せ13億余の人間を抱えて、世界人口の5人に1人が彼の国人と来ていますから、加えて、この国が民主・自由主義国ではなく、共産主義一党独裁国、政権という個の権力で何でもやらかす国ですから。

 この爺々はオリンピック開会前のブログで、北京散策の感想として、この国でのオリンピックはどう見ても30年は早いような、この国との付き合いには常々、眉に唾しなければ、と書きました。
 蓋し、その通り。

 処で、先に「カニバリズム」を引用したのは何故?。
 いやっ!、それは!、何だかーーーという気がしましてね、はい。      瑠華


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『へそ曲り』  [2008年08月13日(水) ]
 昨日のブログに、「我が家には仏壇らしい物が無い。ーー埒もない因習に縛られたくないから」と書いたところ、我が家にも仏壇はありませんーーとのコメントを頂きました。
 ハハハハ!!ーーー、世は21世紀、進んだ考えの方もいらっしゃるのですね。
 当に、へそ曲がりほど人生は愉しくなる、と言うもの。

 処で、言うところの因習なんですがーーー
 ものの本を紐解くと、元来「仏教」の考え方は、この世は虚しく儚く、ひたすら修行のみ多くして苦しく辛く、甚だ住みにくい所であると説きます。
 故に仏の慈悲に縋って生きるを慰めとし、早く彼の世への旅立ちを願い、一度旅立って三途の川を渡ったなら潔く執着を断ち、二度とこの世を振り返ることなく、沙界を脱して、独り黄泉の国人となって暮らすのであります。
 だから、生者が願い事などをすることによって、その後ろ髪を引くような行為は、亡者の安堵を遮りこの世への執着心を蘇らせて、反ってお邪魔をしてしまうものと戒めています。
 反対に「儒教」は、この世は楽しく愉快で、何とも居心地の良い所だから、願わくば今一度生まれ変わって過ごしたいという、この世こそ極楽浄土である、とします。
 故に、この世から去ることは無常の悲しみで、再び戻りたい場として、その去りがたい気持ちの現れがお墓であり位牌であり仏壇などによる祭り事なのですね。

 日本でも、宗教の変転が激しくありました。
 古来からの、自然界を畏怖して為す土着信仰から神道・仏教・儒教・新興ーーと。
 そしてそれらは時の権力者によってある日突然に入れ替わり交じり合って、それに連れそれぞれの垣根が曖昧になっていきました。
 その度に、人々の欲望や勝手な都合が深く入り込みながら変形して行って、いつしかそれが風俗習慣となってきたのです。
 今になっては、多くは、そうしなければ何だか世の中に合わない様な、罰が当たってしまうような、ご先祖さまに申し訳ないようなーーの、ような様なの曖昧模糊な行事となって今日に至っているのが現状ではないでしょうか。
 一体全体、ご先祖様が我が血筋を分けた子孫に対し罰を下すとでもお思いか??。何て下らない因習。
 
 その入り込んだ異形なモノと人というのが、これこそが社寺に巣食う坊主なのであります。
 古くは政権による社寺弾圧の折、食扶持に困った坊主たちは、??我々の餬口を保つにどうしたものかとえらく悩んだそうな。
 そこで考え出されたのが、凡そ仏教の教えからは遠く離れた、先祖祭りを独自の行事として起こし、仏壇のお墓の、その後長きに亘って収入が見込まれる法事に加えて、戒名のお布施のーーという手法を捻り出して、これで寺社の生業を安泰としたのが今日の習いの元凶であると。
 大体、ご先祖のお名前(戒名)に各種の値段をつけて売りつける、その魂胆からしていじましいではないか。
 これぞ愚劣、何をや吐かすかっ!!、ですよね。
 ご先祖を敬うが故の人の弱みに付け込んだ、何とも商売上手な坊主共ではあります。

 元来ご先祖様には黄泉に在って、この世でのご苦労を癒し寛いで頂いて、晏然悠々とお過ごしいただくのが子孫の祈りではないかと。
 だから、真にご先祖を敬いその大安心を願うなら、一言でも、この世から欲の塊のような願い事をするなんてーーの俗事は禁句であるはず。
 なのに多くの人々は、何の思考も無く、ただ昔からの俗習だからというだけで手を合わせ、あらぬ願い事を並べ、加えて生臭坊主の贅沢を助けている、という愚行を為されていらっしゃる。
 生前に親孝行もせずして、亡くなってから、皆がやっているから私もーーだけで即席に仏壇の供養の、でもなかろうに。

 この爺々宅には位牌も仏壇も墓石も、抹香臭いものは一切ありません。
 しかし、天地に還られたご先祖さまには、それは何があっても何も無くても、朝夕に感謝の言葉を発し、事ある毎に思い出して頭を垂れ、天地からのご恩に拝礼しています。
 俗に言う変わり者であろうとへそ曲りであろうと、これこそが「真の供養」であると確信しているからであります。
 釈尊は涅槃に入るとき、弟子たちに厳しく戒められたーーー
 『我が遺骨は山野に撒き、間違っても我(釈尊)を拝むこと無かれ』と。      瑠華
 

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『気の毒な幽霊』  [2008年08月12日(火) ]
 今年もまた、何故か?お盆が来ました。
 何故、?の疑問符が付くかというと、我が家には仏壇らしい物が無いので、お盆といわれてもイマイチピンと来ないからであります。
 何故ピンと来ないかというと、埒もない因習に縛られたくない、からであります。
 だから、ひょっとしてご先祖さまの幽霊が出てこないかなぁーと、楽しみにしているのですがーー。

 と言っても、何も幽霊はこの頃に出るに決まったものでもなく、今の世、怪しい影はいつでも居ますが、それでも幽霊と名が付くモノは、凡その話、薄物を着て出ることが多いので、季節柄この頃に出るのが一番似合っているようであります。
 この爺々の子供の頃は、無論テレビなんかは世に一台も無く、唯一の娯楽として、空襲で辛うじて焼け残ったラジオ(NHKのみ)から聞こえる、名講談師(旭道南陵だったと思います)の演じる怪談「お岩様」で幽霊なるものに見え、夕涼みの楽しみを得ていたことを思い出します。

 で、この幽霊なのですが、ものの本から民俗学者の吉野裕子氏の話によると、幽霊なるにも定義があって、それを「幽霊の五条件」と言うのだそうです。
 その条件なるものを拝借して、挙げさせて頂くとーーー
 陰陽五行の分類によると、(1)生者と男は陽で死者と女は陰ということですから、幽霊は死者なのでつまりは陰「女」である。
(2)同じく、身体で手足は陽とするから、幽霊には足が無いので「足が無い」。
(3)次に、「手を重ね下に垂らす」ことなのだそうです。これは、そうすることによって陰(無力化)を表す。
(4)次は、幽霊の出る時間ですが。これは「丑三つ刻」とあり、陰陽の時間では、この世とあの世の境界を意味するとあります。今の時間で言うと午前2時に当たります。
(5)最後に「柳の下」。何故、幽霊の出場所が柳かというと、柳は木編に「卯」と書きます。十二支の卯には、万物が出現する意味もあるので幽霊が出やすい。
 ーーーと、何やらよく当たっているような、ここまで来ればこじつけも甚だしいような?。
 そして、幽霊とは無論のこと、生前に接した相手、或いは広くこの世への恨みを果すために「恨めしやーー」と夜な夜なお出ましになる、の定義。

 確かに、幽霊は人様を驚かすに十分に怪しいモノですが、21世紀の今様の日本国、それは女の男の、丑三つ刻の柳の下なんぞにお構いなく、白昼からして堂々と、人々を騙し脅し、殺傷さえ仕出かす邪鬼、悪鬼が徘徊する様に為り下がりました。
 あれやこれやに邪魔されて、言うところの由緒ある本物の「幽霊」は、このところ全く出番が無くなって、さぞかし寂しがっているのではーーと、何だか気の毒なような気がしてなりません。      瑠華


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『祝融に乞う』  [2008年08月11日(月) ]
  『祝融は南より来たりて火竜に鞭打ち、火旗は焔々と天を焼いて紅なり』

 確か去年の今頃のブログにも、同じ詩を書いたような気がしますが、今年もまた祝融が暴れているようです。
 これは古代中国の竃(火)の神に掛けて酷暑の様を詠った詩ですが、人類が火というものを自由にコントロール出来るように進化するまでの古代人にとって、「火」はおどろおどろしい存在で、それは当に「神」そのものだったのですね。
 そして火は、獣、魔物避けに大切であり、生活の柱としても欠かすことの出来ないモノだったので、自然に「神」になったのでしょう。

 立秋も過ぎたというのに、いやーっ!、それにしても連日に亘って暑ちぃーですなぁー。
 七十路の前半までは何とか頑張って凌いできたものの、喜寿も過ぎ後半も残り少なくなってくるともう活けません、暑さを感じる日が年毎に早くなり且つ長く続くようになってきました。
 地球の温暖化の所為で春と秋が短くなり、その分、夏・冬が早く到来し長く続くというのも確かでしょう。
 この爺々、決して蒲柳の質でもなく、戦中戦後に耐えてきた自負もあるのですが、しかし、年々に感じるその負担は、是く言う自然現象だけでは無さそうなのが、何とも情けないではありませんか。
 なら、クーラーを掛ければーーなのですが、その文明の利器がとかく嫌いときているものですから、まぁー自業自得かも知れませんがね!?。
 それなら、冷えたビールでも飲んで腹の中から冷やしてしまえっーて?。
 それがまた此方人等、端からの下戸ときているので、これはもう全くもって手に負えません。
 クーラーは嫌いビールも駄目ときて、夜は東西のサッシを開け放しにして寝ているのですが、昨夜は迂闊にも腹の上にタオルを巻き忘れて、今朝は少々お腹の調子がよろしくありません。

 ゲーテの曰く、『人はいつも考えているものだよ。利口になるには歳を取らねばいけないとね。だが実のところ、人は歳を取ると、以前のように賢明に身を保つことが難しくなってくる』と。
 蓋しこの爺々も、日々「賢明に身を保つこと」に腐心し、頭も然り「惚け防止には常に五感に刺激を」と精進しています。
 だがしかし、遺憾ながら「賢明に身を保つことが難しくなってくる」ことだけは、間違いないのであります。

 祝融に乞うーーー
 火竜に鞭打つを緩め、火旗を降ろして、少しく天界を走り回るを止めて頂けませんか。
 然為れば、この爺々のバテ加減が少しはマシになるかも知れませんのでーー、はい。     瑠華


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