もういいかいーー、まぁだだよーーと、何とも懐かしい声をベランダの下に聞きました。
言うまでもなく、子供たちのカクレンボであります。
へぇー!?、近頃の子でもこんな遊びをするのだなぁーーとね。
この爺々の子供の頃はそれは常の遊びであり、学校から帰ったら夕餉までの長い間、それはもうカクレンボしなければ落ち着かないほどに楽しいものでした。
自分がカクレンボをしているのをすっかり忘れてしまって、そのまま家に帰って後で鬼に叱られたとか、隠れた場所でそのまま寝込んでしまって、親にえらく心配をかけたーーとかと。
やがて終戦。
田舎への集団疎開から、神戸に返ってきて見たものは空襲による一面の焼け野原。
何せ当時の神戸の風景は、三ノ宮駅から元町の大丸が見通せたのであります。如何に街中に遮蔽物が存在しなかったか、ですよね。
カクレンボをしようとも、身を隠す家々は疎かそれらしい建物も無かった、それはもう寂寞としたもので、唖然とした思い出があります。
で、子供の声を懐かしく聞いていると、突然に野太い声で、おーいっ!時間だよーーと。
そう、子供たちのカクレンボは、塾の時間に早く来て教室が開くまでのほんの束の間の息抜きだったのですね。
夕餉までの何時間も遊びまわった爺々の子供の頃と比べて、何ともまぁー可愛そうなこと。
子供の間に遊ぶそれは、たかが遊びであっても、その遊びのうちに人間として目に見えない教えが多く身に付くことを思えば、然れど遊びとして、子供たちをもっと遊ばせてはーーと、熟々思ってしまいます。 瑠華
言うまでもなく、子供たちのカクレンボであります。
へぇー!?、近頃の子でもこんな遊びをするのだなぁーーとね。
この爺々の子供の頃はそれは常の遊びであり、学校から帰ったら夕餉までの長い間、それはもうカクレンボしなければ落ち着かないほどに楽しいものでした。
自分がカクレンボをしているのをすっかり忘れてしまって、そのまま家に帰って後で鬼に叱られたとか、隠れた場所でそのまま寝込んでしまって、親にえらく心配をかけたーーとかと。
やがて終戦。
田舎への集団疎開から、神戸に返ってきて見たものは空襲による一面の焼け野原。
何せ当時の神戸の風景は、三ノ宮駅から元町の大丸が見通せたのであります。如何に街中に遮蔽物が存在しなかったか、ですよね。
カクレンボをしようとも、身を隠す家々は疎かそれらしい建物も無かった、それはもう寂寞としたもので、唖然とした思い出があります。
で、子供の声を懐かしく聞いていると、突然に野太い声で、おーいっ!時間だよーーと。
そう、子供たちのカクレンボは、塾の時間に早く来て教室が開くまでのほんの束の間の息抜きだったのですね。
夕餉までの何時間も遊びまわった爺々の子供の頃と比べて、何ともまぁー可愛そうなこと。
子供の間に遊ぶそれは、たかが遊びであっても、その遊びのうちに人間として目に見えない教えが多く身に付くことを思えば、然れど遊びとして、子供たちをもっと遊ばせてはーーと、熟々思ってしまいます。 瑠華
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at 13:01
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