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『行ってきます』 [2007年05月31日(木) ]
 お蔭様で先日来の風邪も治まり、何とか旅行に参加できそうなのが嬉しいではありませんか。
 自分の事はともかくとして、ご一緒をする皆さんにご迷惑をお掛けしてはーーと、そればかり気になっていたのですが、この調子なら大丈夫なようです。
 何なに?、それよりも少々は無理しても、旅費を捨てるのが勿体無かったのではーーと。
 それはもう言わずものがな、何せウン十万円もの大金ですから、ひょっとしたら死んでも参加してたかもね!?。

 いつもの一式に加え、今回は薬類を加えました。
 どんなものをーーですか?。
 風邪薬に胃薬、白内障抑制の点眼液に三度三度の栄養剤をーーとね。これって、老体の必需品なんですね。
 若い人にとっては、何とも余分なものではあります。
 予報によれば、昨日までの雨も上がり今日からまた良い天気が続くようです。
 ノートパソコンを持ち歩いて現地から発信などと、若者のように器用なことは出来ないし、出来ても団体旅行ならそんな余裕もなかろうかと。
 ですから、ブログは暫くの間お休みとなります。
 帰国後、良く楽しい思い出話を綴るのを楽しみにして、それでは、行ってきます!。
      §瑠華§

Posted at 08:14 | この記事のURL
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『集団自殺』 [2007年05月30日(水) ]
 いつも言うのだが、人間の屑が厄人(役人)になるのか、役人になったら人間の屑になるのか。
 社会保険庁という、大きな大きな屑箱の底が果てしない。
 彼らはこの何年もの間、毎日出勤して一体なにをしていたのであろうか。
 厄人、奸猟(官僚)とは怠け者の代名詞とは思っているが、当にその通りの怠慢、愚行ではないか。
 こ奴らみな、国民の税金で飯食っているだけにいっそ腹立たしい。
 考えられるあらゆる失態が故に、国民の半分もの数に当たる資料の行方不明が問題になっている。
 これにより、相当に多くの人が大損害を受けること必至であろう。
 先日、松岡農相が自殺した。
 自殺もしないで、尚のうのうとした日々を送っているこの無責任集団。
 同じ何も明かさずに無責任を通す積りなら、いっそこの際、屑箱をひっくり返して大掃除をする、集団自殺てーのはどうだろう。
 なら、すっきりして国民の溜飲は下がるのだが。      §瑠華§


Posted at 08:29 | この記事のURL
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『閻魔帳』 [2007年05月29日(火) ]
 松岡農相が自殺した。自業自得とでも言おうか。
 遺書の一部には、周りを探さないで欲しい、というようなものがあったらしい。だから彼は、何も明かさないままで、この世での幕引きはしたつもりであろう。
 確かに、周りを探したくてももう探せなくなったから、幕は引かれてしまったともいえる。
 だがしかし、あの世での幕は今日只今から開かれるであろう。
 そのとき彼は、呵責を務めとする閻魔卒を従えた閻魔大王の御前で、どう申し開きをする積りであろうか。
 心からお悔やみ申し上げますとは多くの人の挨拶であるが、僕の頭の中ではお悔やみも哀れみも一向に湧いてこない。
 それよりも国民は、閻魔様が読み上げる閻魔帳の方が余程に待ち遠しい。      §瑠華§

Posted at 13:52 | この記事のURL
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『夏風邪』 [2007年05月28日(月) ]
 夏風邪を引いてしまいました。
 旅行前というのに、なんでこんな時に!。
 若いときなら一晩二晩、布団を絞るほどの汗をかけば次の日にはけろっと治っていたものですが、今はどうもいけません。短くても一週間は寝込むようになりました。
 なら、ブログを休めばーーなんですが、折角ここまで途切れずに続いているものを、いまさら風邪くらいでーーと、熱で湯気を出している頭に鉢巻をして!?、こうして書いています。
 ですから、今日は何の話題もありませんが、これを済ませばすぐまた布団に戻りたいと思います。
 昨日の黄砂も去り、今日はまためちゃくちゃに爽やかな青空。
 またまた何でこんな時に風邪なんぞーーと、ぶつぶつ言いながら、お休みなさい。
      §瑠華§


Posted at 08:51 | この記事のURL
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『旅行』 [2007年05月27日(日) ]
 年を拾った奴我にとって眼耳鼻舌を通しての刺激は大いに必要であって、それから得る緊張感は時には清々しい記憶ともなります。
 その点、旅行は格好の手段といえるでしょう。
 旅行社から、当日の日程表や注意書きなどの一式が届きました。
 先日、スイスアルプス2大名峰のツアーに申し込んでいたからです。
 日程は10日間、行程からすると些か厳しい時間表で、時々もうその歳なんだから奮発してもっと余裕のあるものにしたらとよく言われますが、費用の云々より、まぁー今のところ皆さんに付いていけるのではないか、と。
 何せ当方、倹約の勿体無いの、辛抱のお蔭様でーーと、己の分を知る、即ち<分相応>という戦中戦後の美風が染み付いている世代な者、でありまして。

 で、今日からぼつぼつ用意を始めました。
 郵便物の局留めに新聞の配達留保、通販の日にち変更とポストの管理をお隣さんにお願い、植木の水遣りなどと、独り暮らしならではの手配が忙しい。
 もし忘れ物があっても、それっ!とかやれっ!とかと言ってくれる人が周りに居ない者ですから、その緊張感は既に高まっているのであります。
 それだけ、皆さんより一足早く「旅行」が始まっていると言うことでしょうか。      §瑠華§

Posted at 08:21 | この記事のURL
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『ブログ炎上!』 [2007年05月26日(土) ]
 時々コメントを頂くある方のページを経て、ブログも炎上することを知りました。
 ブログ暦が長いとは言えない、多くのセミプロのような方から比べると寧ろ駆け出しに属する僕なんかにとっては驚きの新発見です。
 その炎上ですが、似たものに「荒らし」というのもあるらしいです。
 前者は自由闊達な意見交換に属するもので、反対意見や妨害を目的とした過激な発言をぶっつける中にも、建設的な意見を伝える善意あふれるものも多くあるので、一時の興奮を覚えても過渡期的に見過ごせるものでしょう。
 しかしそれが荒らしともなると、これはもう中傷、妨害を目的とした列記とした悪者でありますから、排除抹殺してしまわなければならないものですね。
 で、その筋のHPを拝見すると、炎上には「小火」・「半焼」・「全焼」と種類があると聞いてこれまたびっくり。
 その内容をちょっと拝借させて頂くと、小火は「炎上してもすぐに鎮火し、再び元の状態に戻るもの。管理人の対応が素早く適切であったために炎上は鎮火し、場合によっては炎上以前よりもそのブログの閲覧者を増やすものもあります」と。
 半焼は、「ブログに批判的な意見を書かれたくないために、コメントやトラックバック自体を閉じてしまうというもの」で、「ホームページで情報を発信するのと変わらないので、ブログやSNSを利用する意味が半減してしまう」とありました。
 そして次の全焼ですが、「炎上に管理人が耐えられなくなり、閉鎖してしまうもの」で、「書かれたものはーー中略ーー他のサイトに転載されるなど別の方法により批判が殺到する場合もあります」と、その筋のプロの方が警告されていました。
 何ともまぁー!、家屋のそれと同じですね!?。

 拙宅の近くに、この島全体を守備範囲にとする大きな消防署があります。
 島は高層マンションばかりとて、最新式の梯子車も含めて常時5、6台の消防車が待機していて頼もしい限りです。
 しかし、この立派な消防車をしても、言うところの「炎上」に対処できないのが恐ろしいですね。
 ブログ火災の頻度に比して、平凡な投稿者の防火壁はまだまだ低いようです。     §瑠華§


Posted at 08:31 | この記事のURL
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『携帯電話』 [2007年05月25日(金) ]
 世の流れからしてこのことを、遅ればせながら、とでも言うのでしょうね。
 この歳になって、初めて携帯電話を買いました。
 その利便性は早くからよく分かっていたのですが、費用の云々ではなく、つまり、外出は余りしないし、わざわざ外でぺちゃくちゃとチャットしたりする相手もいない、第一そのようなことは好きでないし。もし必要ならパソコンがあるし。
 買い物に乗り物になどは世間のほうで未だ万全でないしーーと、持っても無用の長物化するのではという躊躇いから、今日まで手にしていませんでした。
 しかし、そこは巷からの圧力!?に屈して、とうとう買ってしまったというわけ。
 まぁー強いて理由付けするなら、ボケ防止とでも言いましょうか。

 携帯の進歩は目覚しい。
 未だこれから実験が始まるようですが、新聞に「在宅医療に携帯活用」と、頼もしい記事が載っていました。
 入院費用の節約も絡まってでしょうが、医師や看護師がどこからでも在宅患者の様子を把握できてその対処が迅速に為される、とありました。
 
 今はまだ、通話の仕方を覚え始めたところです。
 しかしもたもたしていると、携帯の持つ素晴らしい便利を体験する前に、ひょっとしてこの携帯の利用先は「在宅医療に活用」だけで終わってしまう、かも?!。
 先日発表された日本人の平均寿命を横目に、爺々は只今、大いに焦っています。    §瑠華§

Posted at 08:24 | この記事のURL
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『赤ちゃんポスト』 [2007年05月24日(木) ]
 古代ギリシャの医学の父といわれるヒポクラテスの言葉として、「医師は事態を悪化させる事だけはするな」があります。
 無論、この言葉は医術という技に対する警告なのですが、医師は、人命に付属する諸々の事に当て嵌めてもよいのではないか。
 何故なら、医学とは単に切って貼って飲ませて打って銭を頂くだけのものではない、命の本源に直接携わるものだから。
 外来もの、特に欧米のそれなら善悪の区別なく、何でも彼でも取り入れてしまう我が国ですが、とうとう赤ちゃんポストなるものがスタートしました。
 人間が猿の真似をするサル真似とは、当にこの事でしょう。
 その是非の云々も始まったばかりですが、今のところ政府の見解は正しい、と僕は思っています。
 案の定、それ見たことか!。
 早速、嬰児とはいえない3歳児がポストに、とありました。
 昔の日本なら、恐らくポストに赤子は永遠に入らなかったでしょう。
いや、そのように奇怪な物は端から設置されなかっただろうし、もし設けられても世間が絶対に許しはしなかったでしょう。「親子」、への履き違いがなかったからです。
 親子の絆はそれほどに善く清く、正しく確りとした結びつき、つまり世の親は自らに万物の霊長としての自覚を、それは<良識=常識>として持っていたからです。
 しかし今、あらゆるものの常識度の低下とともに、結婚、出産、親子の絆という人間の尊厳に対する「崇高な常識」さえも犬畜生にも劣るほどに低落しています。
 事あるごとに言いますが、あれもこれも総てみな狂育(教育)の成す顕著な例であります。
 このような馬鹿親が充満しているというのに、これも尤もらしく人権を振りかざして、はっきりといって捨て子を育ててあげましょうーーと。
 本末転倒とはこの事で、馬鹿親への助長は進むとしても減りはしないでしょう。
 自分の産んだ子、言うなれば自分の分身である子供くらいは自分で育てるのが、これ天地の掟というもの。
 生きとし生ける総ての生きものは、命を賭して我が子を必死の思いで育てているではないか。
 言っておくが、することをすれば子が生まれるのは当たり前。
 することを楽しむだけ楽しんでおいて、しまった出来てしまった!、から後は他人に育ててもらおうーーなんてな話は、余りに虫が良すぎるのではないか。
 それをまた受け入れて、如何にも慈愛に満ちて行動しているような錯覚を持っている。
 育てる気が無ければ、端からすることをしたくても自制しろっ!、と。
 己の欲望すらコントロール出来ない奴は、早々に消えてしてしまえっ!、とも。
 少なくとも一部の医者は、人の人たる道「人間の尊厳」を見定めてーーという重大なことを為す前に、「事態を悪化させている」と言える。     §瑠華§

Posted at 09:34 | この記事のURL
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『雲助の人相』 [2007年05月23日(水) ]
 先日、急に関空へ人を迎えにいく用が出来て早朝にタクシーを拾った。
 この島は人気の無いコンテナーバースと住宅街とがはっきりと分かれているので、流しのタクシーは見当たらない。
 それらしい所に巣を張った蜘蛛が昆虫を待ち構えているように、何台かの車が止まっている程度である。早朝ともなると、その数は極めて少ない。

 昔は悪さをする木端の人相は間違いなく顔に表れていて、それなりに用心し易かったが、近頃は日本人の人間としての質の低下と共に、普通の顔と言いたいが、然も善人面した奴がいとも簡単に悪さをするようになった。
 そしてその悪さも昔のそれと違って、人を易々と殺傷して知らぬ顔の、まるで獣にも劣るような悪が増えてきた。それらは最早、人ではなく鬼畜である。
 それやこれやは総て、戦後狂育(=教育)の成れの果てだから仕方がない。
 しかし、やはり悪はそのままに人相に表れるものであるらしい。

 急ぐので料金の人相のと言っておれないので、仕方なくその車に乗った。
 その運転は荒く車内はヤニ臭く、加えて、近頃のガソリンの値上げで客が減ったのは、まるで今乗った僕の所為とばかりに、関空に着くまでの約1時間の間中、止まることなく悪態を吐いた。
 タクシーというのは、あくまでもお客様に乗って頂いて何んぼの商売である。
 悪人とまでは行かないが、そのお客の気分を害する人間は、僕にとってはやはり雲助に似た悪人である。
 次には、値上がってしまった料金よりも、探せば選り好みできる運転手の人相をよく確認してから乗ることにしようと思う。     §瑠華§

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『彼と僕』 [2007年05月22日(火) ]
 ここ何年か、紅葉の季節も待たずに葉を散らしてしまうほどに年老いた我が家のもみじ。今年こそ愴々の時を迎えるのではと案じていましたが、木の芽立ちとともに葉を付けて、只いま元気に朝日を浴びています。
 出生の地は、はっきりしています。
 近くの布引山によく散歩に出掛けていたお袋さんが、大雨で流されていた手のひらに乗るくらいなのを拾ってきて鉢に植えたものです。
 しかし、それがいつ頃だったのかは覚えがありません。
 僕の歳から推して少なくとも40年も前には既に我が家に根付いていたようですから、相当の古株ではないかと。
 それが今では、大きいとは言えない植木鉢の土から盛り上がって伸びた根っこを見せて頑張っています。
 大地なら何年の寿命がある木かは知りませんが、窮屈な鉢でのそれは随分と短いのではと思い、気が付くたびに施肥などの手入れは怠ったことはありませんが、それでももう往時の勢いはなく、それは数えられるくらいな葉しか付けなくなり、漫ろ寂しい姿になってしまいました。
 その彼は、人間でいえばもう何歳くらいになっているのでしょうか。
 先日の新聞に、今回も世界一を保持と、2005年時点の日本人の平均寿命は男性79歳、女性86歳と出ていました。
 これから見ると、僕と同じくらいならあと少し、もう少し若いのなら後何年かは長い生きするでしょう。
 しかし、もし彼が僕の後に残るとしたら、このベランダのもみじは寿命を全うせずに逝ってしまうかも。
 巡りめく短いような、然りとても永い時を共にしてきた彼と僕。
 共に仰ぐ今朝の日輪は、格段に眩しいではありませんか。     §瑠華§

Posted at 08:29 | この記事のURL
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