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『無用の長物』 [2007年08月31日(金) ]
 新聞などを見ていると、気温が1度2度の上昇でクーラーの売れ行きがぐーんと上がるようです。
 温度が1、2度動いただけで何万円もの品物を急いでどうこうすることもないのにーーと、いつも不思議に思うのですが。
 我が家にも一応、二台のクーラーがあります。
 一応というのは、これはあくまでもお客様用で、自身は一度も動かしたことがないからであります。
 こんな話をすると、近頃では珍しい変人だの奇人だの言われそうですが、当人はそれで納得しているし元気で過ごしているので、特に珍でも変でも奇人でもないのではないかと。
 いえ、別に電気代をケチっているわけでもないし、奇特にも廻りまわって二酸化炭素の削減に協力しているわけでもありません。これが、自然な生き方ではないかと思っているだけのものでありまして。

 汗は、体内の毒素をこの季節に乗じて体外に排出する、精緻な自然の浄化作用なのですね。
 毒素とは、必要以上に体内に蓄積されるといろいろな悪さをするアンモニア・尿素・乳酸そして無機成分のナトリウム(塩化ナトリウム NaCl)などをいうのであって、砕いて言えばオシッコそのものなのですね。
 そのオシッコが出れば尿毒症などを頭に思い浮かべて、あー出て良かった!と喜ぶのに、それが汗ともなるとわけもなく忌み嫌って抑え込もうとする。
 わざわざトイレに急がなくても、何処にいても何をしていてもごく自然に毒素を出してくれている、というのに。
 だから、でもないでしょうが、夏の季節に汗を精一杯にかいておくと冬に風邪を引きにくいという事も聞きます。
 尿=毒素=汗と結びつけると少なからず納得のいく話です。
 それっ!、聖書にもあるではありませんか、怒った創造主がエデンの園からアダムを追い出すときに、「汝は面に汗して食物を食らい終に土に帰らん」<旧約聖書《創世記》3:19>とね。
 故に、人間はそも創から汗をかくように出来ており、それが理に適った自然態なのですね。
 だから爺々宅のクーラーは、無用の長物なのであります。 呵々!!。      §瑠華§

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『ヒユーマンエラー』 [2007年08月30日(木) ]
 人間は被造物ですから、万全を期しても100%完全ではありません。
 いろいろな欠点がありそれを克服することが進歩というものでしょうが、それでも、どのように注意していても避けられないミスは付きものです。
 この「ヒユーマンエラー」があるから、人は神ではなく人間なのですね。
 しかし現代、何をどう解釈してのことか分かりませんが、多くの場合人間はこのヒューマンエラーをしばしば無視して、己を神と勘違いして振舞っているように見えて仕方がありません。
 だからその傲慢ゆえに、一度でも人が傷つき亡くならない限り「慣れ」という怠惰に埋もれて過ごすのでしょう。

 先日、神戸の川崎造船所でクレーンの倒壊事故がありました。
 事件の屋舎は我が家のベランダに出れば必ず目に入るので、余計に身近に感じます。
 何でもそのクレーンは30年余も前に建てられたもので、この種の機械ではまぁーそれは普通としても、実働における行動書とかは存在せず、口頭によるものでしかし動いていなかったとか。
 時と年数が経るうちに起こる、「慣れ」の恐ろしさが露呈した顕著な例でしょう。
 亡くなった方々はみな、50代で一家の大黒柱であったようです。
 数人もの人柱を強いた会社には、相当以上の罰を与えて欲しいと思います。      §瑠華§

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『認知的節約』 [2007年08月29日(水) ]
 昨日、安部改造内閣が発足しました。
 巷では、手堅い組み合わせとかと言われる一方で、お友達がご近所入れ替わっただけとか、派閥の領袖の取り込みで何の新鮮味も無い。謳い文句の美しい国が古い国に交代しないか、という声も聞こえてきます。
 そして、雁首が変わっただけで誰がなっても同じだよと、相変わらずの冷めた声も少なからずありました。
 この内閣が長持ちするか否かは、庶民の側から見れば一つの指標がマスコミなどが催すアンケート調査の数値ですね。
 今朝の新聞によると内閣の支持率が少しばかり上がったようです。派閥の復活かと危惧されつつも、実力者配置が功を奏したようです。しかし安部総理への評価は厳しく、首相継続へは多くの反対が寄せられているのも見ました。
 それかあらぬか、身体検査とかで新閣僚の身辺に何某かの疑惑が発覚すれば即、短命内閣となって解散総選挙でしょうね。序に、自民党そのものの崩壊?と、何だか楽しそうに論じる御仁も見られます。
 野党は勿論のこと、人の粗探しで飯を食っているテレビの暇潰し番組なんかは、今ごろ血眼になって議員の周りをがさついているのでは。

 心理学で『認知的節約』というのがあります。
 「人の心には、一を聞いたら十を知ったと思い込みたい願望が渦巻いていて、二から三、四とあれこれ検討する手間を省いてしまって、一気に十の結論を得ようとする」というものです。 
 この卑近な例が「早とちり」でしょう。知りもしない事柄を、その場で然も分かったように言ったり振舞ったりすることですね。
 まぁー、これがちょっとした事でならお笑いですみますが、それに人の欲が入り込んでくるとややこしくなるようです。
 それを心理学では、「ここに健康と金(銭)という人間の二大欲望が絡んだ場合はその心理が特に強く働く」とあります。

 欺員、おっと失礼!、議員諸氏は健康には自信がお有りでしょうが、連れて、金銭への欲望もまた人の二倍!、三倍!?。
 新大臣諸氏にはここは一番、妙な心理を特に強く働かすことなく、良い意味での「認知的節約」でもって、国民の発する一声を即断即決し、例え三、四は中抜きしても、結果において十も二十もの働きをして欲しいものです。      §瑠華§

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『暑気払い』 [2007年08月28日(火) ]
 いやっー!、今日も暑いですねぇ。
 暑いっ!暑いっ!と言っても暑さが消えるわけでもないのですが、それにしてもやっぱり、暑いですねぇ!!。
 こう暑いと冷たいものが欲しくなるのが人の常。冷菓が飛ぶように売れているらしいです。
 年寄りに冷たいものはーーとの在り来たりの警告!?を無視して、我が家の冷蔵庫にもその冷いものが並んでいます。
 しかし、それは言うところの決して贅沢なものではなく、一個¥100-の、正確にはスーパーで安売りの¥77-のカキ氷なのです。
 それにサイダーをぶっかけると、これが鼻の奥までツーンときて、強烈に胃に沁みるのであります。
 が、何をうっかりしてか今日はそのカキ氷が切れてしまっているではありませんか。
 急いで買いに出て、これがまた一汗もの。
しかし、その汗の後のカキ氷。それはもう、値千金というもの。
 何をするにしても汗をかかずして、だから高価で贅沢な物で誤魔化している昨今の世。
 たったの¥77-で暑気払いが出来るということを、この老爺が証明して差し上げます。      §瑠華§

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『怪しい蝉』 [2007年08月27日(月) ]
 屋の根も三寸下がり草木も眠る丑三つ刻と言えば、夏なお涼し怪談話の触りですね。
 我々の年代では何を置いても怪談話といえば、四谷のお岩様や番町更屋敷のお菊が緒の一番に出てきます。
 木で作られた箱型のカジオしか無い戦後、確か語りは講談の名士旭堂南陵だったかと。その名調子を楽しみに、夕刻の定時には必ず一家が居間に揃ったものです。
 居間といってもそこそこに家らしい形をしたバラックでして、居間の寝室のとそれぞれの部屋があるわけでなく、何とか家族が寝起きできる一つ部屋だったのでありますが。  
 それでも空襲で燃え残った残骸を、これも錆び錆びになった焼け残りの釘で建てた掘っ立て小屋から比べると、立派に家だったのであります。
 娯楽なんて何も無く、探せばあったでしょうがそんな余裕すらない、その日その日が食べるのに精一杯の時代。ラジオからのおどろおどろしい名調子は、唯一のといってもいいほどの娯楽だったのを覚えています。

 その丑三つ刻、突如として目が覚めました。
 寝ぼけ眼、いや寝ぼけた耳を澄してみると、それは何と蝉の大合奏なのであります。
 深夜に、蝉の声!?。
 世界で1.600種以上、日本にも32種が分布するといわれる蝉ですが、鳴くのは明るい昼間のはずーー?。
 例えば、ヒグラシは早朝と夕方、クマゼミは午前中に、午後の7時頃からしか鳴かないクロイワゼミ等と、雄が雌を呼ぶために鳴くのですが、それは一様に陽の明るい間ですよね。
 ところが、それが真夜中の2時とは?。
 特にマンションが立ち並ぶここら辺りは、別に蝉の声だけでなくても、ちょっとした音でも建物に反響して実際以上に大きく聞こえるし、建物からの照明が眩しいのも事実ですが。
 
 実は、蝉のことはよく解明されていないのだそうです。
 種類にもよりますが、卵期間が約300日、幼虫期間が約5年とか6年もの間地中で過ごし、ようやく成虫になって地上に出てきたと思ったら、その寿命はたったの2〜3週間、とは余りに儚い。
 その短い生業の中で何をどう狂ってか、深夜の合奏。
 人間界では、夜を征服することがまるで人の進化と勘違いして、夜な夜な徘徊しては粋がっていますが、まさか蝉たちまでが人間どもの愚行を真似たのでもあるまいに。
 周期的に巡ってくるらしいですが、今年は蝉の繁殖期に当たっているとか。
 丑三つ刻の怪談話は、未だ続くのでしょうか?。      §瑠華§

Posted at 08:20 | この記事のURL
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『ボディーブロー』 [2007年08月26日(日) ]
 ボクシングにボディーブローがあります。胸やお腹を攻撃して、徐々にダメージを与える攻撃法ですね。まぁー、蛇の生殺しという奴でしょうか。
 受けるほうは始め、何やってんだいっ!と軽く受け。続くと、なーにこんなもの何でもないよーと。更に続くと、うん未だ大丈夫だよー。それでも続くと、何糞っこんなことでへばるかっ!!と。次には、糞ったれ!負けてたまるかっ!!。それでも続くと、こんな筈ないのに!?と。やがて、もういい加減に勘弁しろよーーとなってふらつくうちに、強烈なアッパーを喰らって、はい!ダウン。

 恐らくその多くの原因は、我々人類の欲と傲慢によるものと思われますが、この緑の宇宙船が年々暑くなってきています。
 その表面全体がぎらぎらと火照ってきているのではと思われるくらいに、一昨年より去年、去年より今年は一層に暑さが募ってきているようです。
 自分が歳を取った所為で感じる体力的なものではなく事実、各地の気温が観測史上最高というのが常になりました。
 夏の初めの頃は、先のボクサーではありませんが、なーにこんなもの何でもないよーと高を括っていたのが、ここに来てもういい加減に勘弁してくださいよーーと。
 そのうち生殺しになって、何かが引き金になると完全にダウンとなるのが必定。
 何処のどなたか。
 この暑さ、何とかしてくれませんか?。いや、ほんまに!!。      §瑠華§

Posted at 08:33 | この記事のURL
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『祝融』 [2007年08月25日(土) ]
 いやっー皆さん、男の子(エルニーニョ)か女の子(ラニーニャ)かは知りませんが、何とも暑ちいーですなぁー!!。
 それでなくとも端からの痩身で肉がないのに歳と共にますます痩せ、昔で言う「骨皮筋衛門」となって(古る過ぎるっ!!)、それに鞭打つようなこの暑さ。それはまるで、何日も天日に晒して乾涸びた干物のように。
 いつの頃からか二食主義が身に付き、夕食は紅茶一杯にバナナ1本かクッキーの二三個、これでOK。
 時たま気が向けばビールの¥100-缶を一個空けて、これで爺々は出来上がってしまうのですが、加えてこの暑さからの食欲減退とくれば、ますます食事の量が少なくなっていきます。
 尤も、この量で何とか健康を維持できているのですから、その効率は120%と喜ぶべきではありますが。

  『祝融は南より来たりて火竜に鞭打ち、火旗は焔々と天を焼いて紅なり』

 古代は中国の酷暑を詠む詩ですが、古より夏には厳しい暑さが付きものだったようですね。
 しかし、その言い様が如何にも詩的で洒落てはいませんか。
 祝融とは古代に言う竈の神つまり火の神の字で、その火の神がこれも炎の竜に乗って現われるから猛暑を招き、祝融の振る火旗によって天を掻き回されるから、暑さはますます人間界に広がり酷暑を一層に猛々しいものにする、とね。

 地球温暖化がますます進行し、自然界に限らず動物界でも希少化が著しいですね。
 よく動物でも植物でも希少化が激しくなったと、まるで自然に絶滅していくような、どこかの誰かが滅ぼしているような言い方をしますが、何のことはないこれみな当の人間共が営々と続けてきた欲望と悪行の結果なのですね。
 何かと言えば物理的で枝葉的な発想しか出来ないで、わいのわいのと騒いでいる人間界ですが、同じ考えるなら、頭の柔らかい幼児・子供教育の段階で「勿体無い」を徹底的に頭に克ち込めば、そして親たちが率先実行して範を垂れれば、子が大人になったとき手足は自動的に行動して即、二酸化炭素なんぞは激減する筈なんですがね。 「鉄は熱いうちに打て!」であります。
 尤も、そうように善導しなければならない親や教師の世代が既に腐りきっていて、オヤオヤや狂師になってしまっている現状では、やはり祝融にもっともっと火旗を振ってもらわなければ、この愚かな生き物の性に入らないのかも。      §瑠華§

Posted at 08:36 | この記事のURL
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『祝言』 [2007年08月24日(金) ]
 一昨日、このブログに『誕生日』を投稿したところ、何人かの方から「誕生日おめでとう」とのメッセージを頂戴しました。
 このぎすぎすした昨今にあって、見も知らぬ方からのこの温かい祝言、何とも嬉しいではありませんか。

 少し的が外れるかもしれませんが、あのアダム・スミスが『富国論』に曰く、「我々が食事が出来るのは、肉屋や酒屋やバン屋の主人が博愛心を発揮するからではなく、自分の利益を追求するからである」と。
 無論、これは資本主義の一端を述べるべく書かれた一行に過ぎませんが、日常において人が体よく振舞う中にも必ず何某かの損得が働き、それはまた現代人が生きる上において社会の仕組みと共に必須の行為となっている現在では、そのこと自体を云々するのは自嘲行為ではありましょう。
 しかしと言うかだからこそというか、何の損得勘定も無い、人の心に沿った温かくて優しい、極々自然な言の葉の行き来こそが、例えそれが平凡な一言であったとしても、重く大切なのではないでしょうか。
 だから、その一言に玉珠の輝きがあるのでは。
 人様におめでとうと言われたその何倍もの一言を、僕も人様にお配りしたいと思います。      §瑠華§

Posted at 08:26 | この記事のURL
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『上がったり下がったり』 [2007年08月23日(木) ]
 株の世界がいやに騒々しいですね。
 一国の、それも家のローンが焦げ付いただけの事で世界中が揺れるとは、地球も狭くなったものです。
 株といえば水菜の株さえ持たない僕なんかには何の影響もありませんが、今回もまた青くなったり赤くなったり、行き過ぎた人なら玉タマも上がったり下がったりしている人たちが大勢いることでしょう。
 昔は名人といわれる相場師がいて、その人の一挙手一投足によって右往左往したようですが、今では巷の群集が寄って集って相場を動かしていると聞きますから、いわゆる、言うところの「株」が上がったのやら下がったのやら。
 それかあらぬか、僕のところにもいろいろな証券会社から世界株がどうとか、インドはこれからとか中国が元気ですよ等と盛んに電話があります。
 実態と比べて、当家がそんなにお金持ちに見えるのだろうかと、ほんのちょっぴりその気になったりすることもあります。
 先日なんぞはそのような電話を置いた途端にある葬儀社から、近くに墓地を開発したのでお墓をご用意されては今なら先行割引がありますよ、との勧誘が掛かってきました。

 愚か者が、先の電話でちょっとばかりリッチな気分に浸っているところへのこの電話。
 もっと元気を出していいのやら、もうそんなものを用意しないといけないのかなぁーとしょぼくれてしまったりと、上がったり下がったり。
 言っておきますが、このときの一喜一憂は、とても株の上がり下がりほど軽々しいものではありませんぞ!。      §瑠華§

Posted at 08:15 | この記事のURL
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『誕生日』 [2007年08月22日(水) ]
 何を隠そう、今日は僕の誕生日であります。
 いえ、別に隠し立てしてどうのこうのというほど大したことではないのですが。
 この歳になると感性が鈍くなり、誕生日といっても何の感動も喜びも、だからお祝いの何のとは全くの無縁と化して、人に言われて初めて、あーっ!今日は誕生日だったんだーと、そのトーンは真に低いのであります。

 処で、幾つにーーですかって?。
 そんな野暮は止しましょうよ。
当の本人でさえ誕生日を忘れるほどに、自分の歳なんてすっかり頭に無いのですから!?。

 鏡に映った皺々の身体をつくづく眺めながら、へぇー!よくもまぁー!この歳まで禿びるでなく毀れるでもなく、平穏無事で動いてくれたものだなぁーと、その五感五体に感謝するのであります。
 戦中そして戦後、物心ついたときには既に物不足の真っ最中。
 爆撃の恐怖に怯え、訳も分からずに逃げ回った忌むべき思い出。
 学校は校舎不足で区役所と同居。教室が足りないから、それはまるで雛壇のように階段に座っての授業。通信簿(=成績表)はその区役所で使い古しの用紙裏(いま探そうとしても見つからないほどにざらついた粗紙)にガリ版で刷ったもの。
 給食は米軍の放出物資による、脱脂粉乳をお湯で薄めた代物が一杯きり。
 そのままの軍隊服で出勤する、未だ童顔が残る復員帰りの先生に教えられ、虱退治にと頭から粉末のDDTをぶっ掛けられて。これではまるで黄な粉を塗した団子ではないか。
 一番の食い気盛りの年頃にも飢餓は続き、挙句の果てに社会人として出立した意気揚々の初っ端から不景気の真っ盛り。
 がむしゃらに働いて何とか落ち着き、さぁーこれからちょっとばかり人間らしい暮らしをーーと思っていたらバブルが弾けて、はいっ!おじゃん。

 人には、天命と宿命と運命があると聞きます。
 何をどう解釈してその違いをいうのかは僕には分かりませんが、爺々流に分けてみるとーー。
 先ず天命とは、幾多の星の中で人という生き物と生ってこの地球に生まれること。
 宿命とは、数ある国の中で黄色人種を纏い、日本国に日本人の男として産まれたこと。
 そして運命とは、その時代時代に翻弄されながら、それでも何とか自分を失わずに頑張って生きていかなければならない、不透明で抗し難く、時にはひっぱたいてやりたいほどに、そして時には愛して抱擁してそのままで居たいような、そんな複雑怪奇で摩訶不思議な力、とでも言いましょうか。

 そんなこんなの三命の中で、この歳までのこの生き様。
 鏡の中に映し出された自分ではなく、前に佇む自分の不思議に、誕生日を思うのであります。      §瑠華§

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