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『金融商品取引法施行』 [2007年09月30日(日) ]
 日本人の人としての質の低下も手伝ってでしょうか、今日から「金融商品取引法」が施行されるそうです。
 金融商品、特に庶民に身近となった投資信託商品などに、投資家保護としていろいろな規制の網が掛かると聞きます。
 そこで、売る側の銀行などでは早々に身構えて、例えばある銀行では顧客に求められるまでは決して無理して売る必要はないとか、70歳以上のお客さんには家族の同意を必要とする、80歳以上には親族の同伴を求めるとかーーと、過剰とも思える予防処置(それは銀行側の)を講じる所もあるようです。
 確かに、高齢者にもいろいろとあるので、この際に考えておくことも必要かと思いますが、平均寿命の延長とともに元気溌剌な老人が増えているのも事実な世相からみると、それは少し過剰ではないかと、同類の一人として些か不満気が生じないわけでもありません。

 しかし、言うところの銀行さんがご親切に講じて下さる処方は詰まりーーー
 先行き短くいい歳を盗ってまで、今更に財産を増やそうなどといった欲張った考えに無駄な神経を使わずに、もっと別の方面に心の豊かさを求めては如何ですか、と言う親心ではないか、と。
 もっと砕いて言うと、黄泉の国に逝く時には、結局は何も持っていくことは出来ませんよーーとね。     §瑠華§

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『2時起き!?』 [2007年09月29日(土) ]
 レムとノンレムが約90分おきに交代して、心地よい眠りを誘う睡眠。
 その眠りの深浅は、血圧や心拍数やお腹の調子、そして室内の温度や明かり、更にはベッドやマクラによっても影響されるらしいですが、それらが一様に足りた状態でも、その時間は歳と共に短くなっていくようです。
 人にもよるのでしょうが僕は若い頃、と言っても50代60代の頃ですが、朝の6時に眼を覚ましてウオーキングに出掛けたものです。それでもその頃は、眠気眼を同伴していました。
 それ以降は5時起きになり、70代に4時起きになった時期が一番長く続きましたが、近頃は3時に眼が覚めてしまいます。夏は夜明け前で、冬場は真っ暗闇という感じですが。
 9時にはきっちり床に就くので、眠りは6時間というところでしょうか。
 就寝中おしっこに起きるわけでもなく、寝返りを二回ほど繰り返すだけで熟睡できるので、眠りの質は上等なほうではないかと思います。
 この6時間がこの歳相応のものか、少ないのか多いのかは知りませんが、これでも昼間に20分ほどの午睡だけで元気にいるので、まぁーこれでよろしいのではないかと僕なりに納得はしていますが。

 処が今朝は、その3時に起きたつもりが、いつもの様にぐるっと歩いてきて時計を見ると、時計は何の変わりもなく3時を指しているではありませんか?。
 ん! 3時となぁー?。
 と言うことは、起きたのは2時ということ??。
 遂に、2時と3時の区別が付かなくなったーー?。
 これではまるで徘徊老人か夢遊病者ではないか!。

 まぁー良いっか!、そのうち永く遠くに眠ってしまうのだから。     §瑠華§

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『!!??』 [2007年09月28日(金) ]
 春先に、当マンションの定期大修理のことを書きました。
 粗一年の長きに亘る工事でしたが、この8月に無事完了し住民代表による点検も終わって引渡しを受けました。
 外観はまるで新築のように綺麗になり、玄関ホールも自動ドアーなどに総替えとなって、ちょっとしたビジネスホテルを思わせるくらいにお洒落になったのが嬉しいではありませんか。
 その玄関に並ぶポストもステンレス製に、以前の鍵式からダイヤル式に一新されました。
 外出から帰りの序にと思うとき、ポストの鍵を持ち合わせていない不便さから開放されたのですが、難儀なことに頓に目が薄くなった僕なんかはそのダイヤルが見えにくく、新たな難問が発生した!?。

 早速といえば語弊がありますが、同棟のお婆さんが(自分もお爺んなのですが)難儀しているのに出会いました。
 で、お手伝いをと思い声を掛けると、一昨日も昨日も困ったのですよと。
 番号はと問うと、すぐに忘れるのでと懐からメモを取り出して渡されました。これを見て、右に二回廻してA、左に一回で8と、開けてあげました。
 改めて閉じて、自分で試してみられてはと勧めると左に廻し始めたではありませんか。
 まぁー!この人、箸の持ち方さえ分からないのだろうか、と?。
 違いますよと再び促すと、またまた左に。
 ぐっと堪えて、また違っていますよと言うと、
 「私、左利きなものでーーー」。
 !!!???。      §瑠華§


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『三しょ!』 [2007年09月27日(木) ]
 よいしょ!、こらしょ!、どっこいしょっ!、と。
 さて、このうちで広辞苑に出ていないのはどれでしょう?。
 真ん中の「こらしょ」ですね。
 しかし、広辞苑にのっていないからといって決して死語でないのがこの「こらしょ」であります。
 若い人には無縁でしょうが、それでも重い物を持ったときなら、「よいしょ」くらいは口に出るのではないでしょうか。
 処が、齢人ともなるとこれらが常用語となって、当人も全く気付かないうちにしばしば口を突いて出るようになるから、悔しくも不思議です。
 初期の頃なら、それこそ重い物を持ったとき等に限られますが、それがちょっとした物でもーーとなり、次に何も持たなくても立ち上がる時などに自動的に!?「よいしょ!」となってきます。
 しかし、ここまでは未だ高齢者の資格はありません?。
 この「よいしょ!」から進化して?、次に「こらしょ!」ともなれば、もうあなたはご老人の部類に入ります。
 更に進んでもっと重々しく「どっこいしょっ!!」がごく自然に発せられるようになると、これはもう立派な翁と言えるでしょう。
 やがて、この「三つのしょ!」を発しても尚、立ちも動きも出来なくなった時が、お迎えが来ちゃった、ということですね!!。
 薬味の山椒なら味も香りも珍重されるのですが、それにしてもこの「三しょ!」?。
 いやっ!、何ともみっともなく侘しいですなぁーー。      §瑠華§

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『松茸』 [2007年09月26日(水) ]
 やーっー!、秋ですねぇー!!。
 先に上海蟹を書きました。
 今日は秋の味覚の王者、松茸と参りましょう。
 秋は格別に多彩です。
 学問の、芸術の、実りの食欲の秋ではあります。
 と言っても学問には疎く、芸術への薀蓄も無く、残るは食欲のーーと言いたいのですが、この歳になると食が細って、さぁー今からいよいよその物の美味を味わうぞー!という頃には、もう胃袋が満杯になってしまっているのであります。
 故に、折角のご馳走を目の前に、残念ながらそこから全く箸が進まないので、そのほうの楽しみも半減というこの侘しさ。いやっー!、歳は取りたくないものですなぁー。
 しかし、それでもやっぱり、秋ですねぇー!!。

   『栗飯やいささか金の張るは佳し』金尾梅の門
 この名句を見ると、昔日には栗なるものは甚だ高価なものであったようです。
 それはそうでしょう、昔の栗といえば間違いなく虫が巣くっていて、間違って口に入ろうものならそれはもう吐き出して暫くしてもその苦味が口中に残っていました。
 今様に技術が発達していない時代には、多くは自然木からしか採れなかったようですから、やはり栗ご飯ともなると分限者か、庶民ならば格別の奮発ものだったでしょうね。
 
   『取り敢えず松茸飯を炊くとせん』高浜虚子
 そこえもっていくと松茸は割合に豊富だったようで、子供心にもさして裕福でもなさそうだった我が家でも、季節になると何回かは食膳に上っていた記憶があります。
 それかあらぬか作者もまた、まぁー取り敢えず、と気軽にーーだったのでしょう。
 
 時代は進んで、今や技術の進歩と共に店頭に並ぶ栗の豊富なこと。
 見事に実った栗が、それこそ季節に何回かは楽しめるほどになりました。
 僕なんかは店頭に並ぶや緒の一番に買っておき、シーズン中は無論のこと、冷蔵庫に保存しておいて季節はずれの醍醐味を堪能しています。
 翻って、松茸のほうはーー。
 これはもう言わずものがな、全く、皆目、からっきし、無縁の宝石になってしまってもう何十年になることやら!?。

   『松茸の何処を問わずに縁遠し』瑠華   
 と言うことで、今年もまた目を瞑って、箸が進まない歳になっていることを強引に納得させる秋でした。 とほほほほ!!。       §瑠華§

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『古い話』 [2007年09月25日(火) ]
 個人のお名前を出しては、と躊躇いながらなのですがーー
 先日のブログに対して、「きっちょむのブログ」さんからコメントを頂きました。
 お歳は拝見できませんでしたが、プロフィールによると雪国は新潟にお住まいとか。

 いやっー懐かしい限りです。
 何がですって?。いやーそのー、名前の「きっちょむ」がね。
 察するにお名前の出所、それは多分「吉四六」ではないかと。
 間違っていなければ、あの戦時中に僕が疎開していた先が、この吉四六の昔話で有名な九州は大分県大野郡でありまして、詳しくは犬飼町大字だったからです。
 その住まいする地は日本列島の北と南に分かれますが、それとも、新潟にもこの「吉四六」が居たのでしょうか!?。
 そもそもこの吉四六とは人の名前で、何でも昔々その地にえらく冗談好きで頓智が良い吉四六さんという人がいて、機知に富んだ頓智を飛ばしては人を笑わせていた、と。
 その本も出版されていて、終戦と共にこの神戸に戻る時、荷物と一緒に持ち帰った覚えがあるのですが、残念ながらその本も無くしてしまいました。そして、子供心に読んだ話も今はすっかり忘れてしまったのが残念に思われます。

 そんなド田舎にもしばしばグラマン機(米軍の戦闘機)が機銃掃射に来て、その度に牧場の牛が殺られたり校舎に被弾したりと。
 駐屯していた陸軍が高射砲で反撃するのですが、何のなんのそんなのまともに当たるものですか。敗戦も色濃くなっていた頃ですから、そんなひ弱なドンパチなんてほんの気休めだったのでは。
 授業中の僕たちはその度に裏の竹やぶに逃げ込んだりする恐怖の日々でしたから、とても娯楽なんかあるはずもなく、唯一この吉四六の本を読んでは笑い転げていた記憶が、いま鮮明に蘇っています。
 その竹薮ですがーー
 逃げるに際して白い物を着ていると標的になりやすいということで、全員が裸になって竹薮に逃げ込むのですが、田舎の子は慣れているのでじめじめした苔の上でも平気で伏せるのですが、僕のような都会からの疎開組は気色悪くて、それはもう泣きべそ寸前で爆撃が過ぎ去るのを耐えていたものです。

 いやっー!、「吉四六さん」で久しぶりに子供の頃の疎開体験を思い出しました。
 それはもう70年もの前の、えらく古い話しになりますが。      §瑠華§

Posted at 06:59 | この記事のURL
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『恐ろしい時代』 [2007年09月24日(月) ]
 いつの頃からか、どこでどう調べてくるのか、しかもそのカードは一度も持ったことがないというのに、ある世界的なカード会社から盛んにゴールド会員への誘いが来ます。
 普通の会員とゴールド会員との違いが何を基準にして、どの程度の上からがゴールドで下が普通会員なのか知りませんが、どう考えても僕なんかはそんな資格は無いはずなのに、それでも取っ掛け引っ掛け栞などが届くのです。
 思うに、資格ラインは案外に低く、要するに使っても使わなくても確実に収益に繋がる年会費が会社の目的ではないのか、と。
 それはそうでしょう当人は何もしなくても、ゴールドともなると会社には年に¥24.000-もの会費が入るのですから。

 一時、情報の売買などの遣り取りが犯罪として喧しいときがありました。
 無論、今でも無くなったわけでもないし、寧ろ巧妙になって蠢いているに違いありません。
 しかし、例え僕がゴールド会員としての資格があるとしても、同じ誘うなら当人の歳を考えなさいよ、歳をーーね。
 いくら長生きの国といっても年寄りは年寄り、いつ何があって不思議でないこの老爺に、余程の亡者か乱暴者でもない限り闇雲に物を買いあさる欲も残っていないし、野放図に散財する体力も無いというもの。
 マーケティングのニューアイデアのと、如何にも賢そうなことを言っている連中にしては案外、間の抜けたことをするものですよね、本当に。
 それにしても、一体どこの誰が僕を誘うネタを流したのでしょう。
 実に、恐ろしい時代ではあります。      §瑠華§

Posted at 07:06 | この記事のURL
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『大馬鹿者』 [2007年09月23日(日) ]
 安部総理の唐突な辞任に対して近刊のNews week誌が、「世界があきれる無責任政治・世界が恐れる日本沈没」と表紙に大きく報じていました。
 記事には、世界第二位に位置する大国日本の沈没を危惧しながらも、一様にその無能振りを指摘し、嘲笑を禁じえないコメントが多く占めていたようです。
 責任ある人間の無責任な振る舞いが、世界の笑いものになっているほんの一例ではあります。
 いま入院中だそうです。
 本当に悪いの?、世間逃れの仮病では?と囁く人もいます。
 死者に鞭打つのではありませんが、全国民からの、そして世界からの嘲笑と非難は当然でしょう。
 退院後、まともな人間なら、しばらくでも恥ずかしくてのこのこと街を歩けないのが普通なのですが、無論なんの臆面もなく国会の席には戻るでしょう。
 これ当に、厚顔無恥。

 しかしまぁー、こんなそんなの人間は、それが全部とは言えないまでも今の社会に充満しているのが、日本国の現状ではないでしょうか。
 戦後狂育による、責任の義務の配慮の立場の、忍耐の辛抱の一生懸命のーーと、社会人の、いや人の人としての規範、その何ものも一切教えられなかった、だからそれらの何ひとつとして身についていない無責任人間が、今様の日本国を形造っています。
 軽重を問わず、己の立場というものが全然、全く、からっきし分かっていない。
 だから、無責任な行為をしてもそれにすら気がつかない人間。
 今回の騒動も、何も安部総理の個人的なもの終わらず、たまたま彼をして現日本人の無責任性を体現しただけのもので、その点では然して驚くほどの現象ではない。
 つまり、安部首相ほどの無責任振りは、即いまの日本人像である、ということ。
 巷では、このような輩を「大馬鹿者」と言います。     §瑠華§

Posted at 07:34 | この記事のURL
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『期待』 [2007年09月22日(土) ]
『期待』    ‘07/9/22
 日本で一番、汚くて大きな屑箱。
 社会保険庁というその屑箱にいる人間の屑たちは今頃、戦々恐々としていることだろう。
 徹底的に屑箱をひっくり返す!。
 その罪悪を洗い直して、ブタ箱(刑務所)に放り込んでやる!と怒る厚生大臣が、新内閣でも留任するのではないか、とね。
 当に、人間の屑が役人になるのか、役人になったら人間の屑になるのか。
 大臣が言うまでもなく、国民の皆が彼らのブタ箱行きを今か今かと待ち望んでいます。
 序ながら、それらを放置していた歴代の関係大臣も含めてね。
 もし完全履行すれば、その数からしてブタ箱の数を数棟も増やさなければならないのではないか。
 しかし、全国民はやんや!やんや!の大喝采を送るに違いありません。

 いろいろな様子から福田氏の方が有利だとかの雰囲気ですが、どちらがなろうともこの屑箱の大掃除だけは、その意気に燃える、だから国民も大いに期待し応援している現大臣の続投を是非ともお願いしたいものです。
 ひょっとして、もし外したりなんかしたら、新内閣の人気はその瞬間に即イメージダウンを食らうのではーー。     §瑠華§

Posted at 07:39 | この記事のURL
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『防空訓練』 [2007年09月21日(金) ]
 これは驚いた!!。
 この一見、平和な時代に?。
 先日のネット中国特快新聞によると、上海市で防空警報が発令され、建国以来最大規模の防空訓練が実施されたとありました。

 警報と言えば地震警報しか知らず、防空警報とは?と、現代の若者には想像すら付きにくいと思われるので、一応この老爺が説明しておくと。
 その昔、日本で空襲警報と称されていたもので、外敵の空襲から身を守るために避難する警報であります。
 つまり、第二次大戦で日本の敗色が濃厚となってきた頃、米軍の爆撃機、詳しくはB29という四発(四つのエンジン)で、当時の日本軍が持っていなかった超高空を飛ぶ爆撃機、と言っても今ではその高度で普通の旅客機が飛んでいるのですが、当時は超のつくくらい高空だったのであります。
 そのB29が東京や大阪、そしてここ神戸などの大都市の爆撃に来る度に、市民を避難させるために街角のサイレンを鳴らして指定の場所に避難していたのであります。六甲山を控える神戸では、多くは山の中に逃げていました。
 昼間は勿論のこと深夜でも、爆撃はいつ来るか分かりません。
 警報のサイレンと共に逃げるので、枕元には非常食と身の回りのもの一式を置き、暗闇でもすぐに身支度できるように衣服は着る順番から並べておいて、手探りで着て飛び出したものです。
 尤もこの習慣は今でも身に付いていて、あの阪神大震災の時には暗闇で身支度が完全に出来たので、このような時には大変に便利はしましたが。
 連日、そこここに落ちる焼夷弾(爆発と共に火炎を広げる爆弾)の振動と、時には近くに被弾した硝煙と火炎の中を、どこをどう走ったのか今でも覚えが無いくらいな恐怖で逃げ回ったのであります。
 こうして書くとぼんやりと懐かしんでいるような感じですが、何々いま思い出しても悍しい記憶でしかありません。
 つまりその訓練が、言うところの防空訓練というわけ。

 そのおどろおどろしいサイレンが、この平和な時代に全市を挙げて響き渡るとは。
 それとも、何処かの誰かが今すぐにでも中国本土を爆撃するとでもーー!?。
 21世紀の今、やっぱり、どうしても、いまいち理解しにくい国ではあります。     §瑠華§

Posted at 07:29 | この記事のURL
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