後、何時間で除夜の梵鐘が鳴ると2008年、子の年になります。
ヤンキー思想の浸透も半世紀余、我が日本も落ち着きを失った騒々しい国になりましたが、欧米のそれとは違い、そこはかとなく静寂の中にも厳かに新年を迎える風習は、やはり古くは農耕民族が故の慣いではないでしょうか。
大忙しで掃除にお節の準備に、そして近頃では折角の休みを利用しての帰省の旅行の計画に忙しい中でも、あの108回の鐘の音が聞こえてくると一年の締めくくりを身に感じてぐっと落ち着くのであります。
その除夜の鐘は、古くより108回撞かれます。
この108回は、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根のそれぞれに苦楽・不苦・不楽があってこれで18類、この18類それぞれにまた浄・染があって36類、そしてこの36類を前世・今世・来世の三世に配置して108となり、これ即ち人間の煩悩の数を表すと言われています。
しかし108回みなが旧年に撞かれるのではなく、107回がその年に撞かれ最後の1回は新年に持ち越されて満願となり、これが正式なのだそうです。
何故、一回だけが新年に繰り越されるのか?。
『去年今年貫く棒の如きもの』虚子
愚闇の僕にはよく分かりませんが、それは多分、一本の棒のように、人の持つ煩悩は永遠に断ち切ることが出来なくて、新しい年もそのまた次の年も生きる限り常しえに続くものである、というのがそれではないかと、この爺々は考えます。
まぁーそんな七面倒くさい講釈は置くとして、騒々しいどこかの紅白合戦は無視して、独り静かに聞く梵鐘の音に、新しい年を夢見る爺々ではあります。
この一年、お粗末な当ブログを覗いて下さった方々に感謝し、どうか佳い新年をお迎え下さいますよう祈っております。
『煩悩を捨て難きままこの一年』・・・瑠華
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at 07:18
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