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『ヤヌス神』 [2008年01月31日(木) ]
 僕は時々、前と後ろを同時に認識できれば面白いだろうなぁー!、なんて下らないことを考えることがあります。
 それは恐らく、人々の多くが望んでいるのでは、とも。
 もし可能なら、馬鹿と気狂いが増えてきた今日の日本にあっては、夜の一人歩きに怯える女性たちには大いに歓迎されるでしょう。
 が、暫し待てよ!、逆に面白いどころか、例えば、彼女と喧嘩した別れ際に、彼女はきっと、僕を諦めきれずに追って来るのに違いないと、高を括っていたら、何のことはない、ぺろっと舌を出してイーッと睨んでいるのが見えたら、超がっかりーーかもね。

 しかし、当にそのような神がいたのですね。
 二つの顔を持つと言われるその神は、「ヤヌス神」。
 この神はあらゆる事柄の「始まり」であることから日、月、年の開始を司り、古代ローマの戸口や門の守り神とも言われています。
 そしてまたこのヤヌス神殿の門は、戦争のときには開かれ平和になると閉じられた、とも。

 刻の経つのが本当に早いですね。
 この神の名に因んで生まれた、ラテン語のヤヌアリウスに語源を持つジァニャリー(1月)も、早や今日で過ぎ去ろうとしています。
 原油は上昇しぱなっし、世界景気は不透明、それに連れて多くの物価も値上がり気味ーーと、庶民の台所はこれ当に臨戦状態。
 昨日、どたばたの醜態を見せた挙句に、つなぎ法案とやらがお互いの策謀の末に一応は双方の暗室に置かれることになったようです。
 ここで暗室というのは、元からして利権の行く先をどうするかという国民不在の喧嘩騒動が、間違いなく再び噴出すだけのこと、という意味。
 国家の大計を慮ることも無く、只ひたすらに党利党略をのみ追い続け、やたらと時間と税金を浪費して、一向に国の前も後ろも見えない、いや、見ようとしない国会を見ていると、国民の心情は少しも平和でないのに、この国の門はいつも閉じられたままでいます。      瑠華

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『自動扶梯』 [2008年01月29日(火) ]
 普及の歴史は比較的新しく、1900年のパリ万国博覧会にアメリカのオーチス社が出品してからで、その名前も元々はオーチス社の商品名だったのですね。
 それは、梯子を意味するラテン語の scala に由来すると言います。
 その定義は、「建物の一定の階層間を一定の速度で動き、連続的に人員を運ぶ機械式の階段」と。
 それはずばり、動く梯子「エスカレーター」。
 日本では、1914年に東京日本橋の三越に設置されたのが始まりとか。
 今や世界のどこへ行っても、主要な建物で日本メーカーの名を目にします。

 先日、駅のエスカレーターに乗った時、二三人の男性が左側に立っていました。
 関西では右側に並ぶのに、左側とは関東の人か或いは地方の方かなぁーと思っていると、やはり関東弁が聞こえてきました。
 この狭い日本で、エスカレーターのマナーにも二種類が混在するのですね。
 そもそもこのエスカレーターなるもの、急ぐから乗るものなのか、階段での危険を防ぐために乗るのか、歩行の上下に楽ちんするものかーーと、暇なことを考えることがあります。
 乗ったまま動かない人の列を見ていると駅のそれは多分、危険防止か楽ちんを優先したのではないかと。
 以前アメリカの空母に乗った時、飛行甲板などの各層を結ぶそれは駅の数倍の速度で動いていて、慣れていないと恐ろしくてとても乗れたものではなかったのを覚えています。
 こちらは軍艦という特殊な乗り物が故に、速度を追求してのもので理に適っていますね。

 北京では今、オリンピックを目前に控えて国民のマナー向上に躍起です。
 何せ、見付からなければ、捕まらなければマナーなんて糞食らへの、それこそ何でも有りで過ごしてきた国のこと、悠久5.000年の悪しき慣習を急に、それも半年足らずになったいまインスタントに大転換しようというのですから、それはもう大変事。
 何かにつけて面子に拘る党と政府は、市民のその無関心、緩慢振りに苛々しながら大車輪のようです。
 例えば、自動扶梯(エスカレーター)
 北京あたりでのそれは関西風でありまして、表示に「乗梯右側站 左側緊急行」とあります。詰まりは、右側に立ち左側は空けておきなさいということ。
 国土は広く人口も多くそして多民族を抱える国のこと、地方からの人にとって未だ自動扶梯を見るのも初めて、乗るにはおっかなびっくりの人も多いこの国。
 自動扶梯も含めて、学ばなければならない多くのマナーを身に付けるというこの周章大作戦!。
 残る日は僅か半年、果たして初のオリンピックに間に合うのでしょうか!?。      瑠華

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『寒の内』 [2008年01月25日(金) ]
 彼のゲーテの曰く、「人はいつも考えているものだよ。利口になるには歳を取らねばいけない」と。
 確かに、社会で何某かの事を為すにも、人様の前で何事かを論じる場合でも、ある程度の年齢を必要とします。
 それは、如何に豊富な知識を有するとも、そこに経験という時の重層、実績が不可欠であるということでしょう。
 しかしゲーテは続けて、「だが実のところ、人は歳を取ると、以前のように賢明に身を保つことが難しくなってくる」とも。
 然り、この爺々は知識も経験も豊富ではありませんが、以前のように確とした身を保つことが難しくなっていることだけは日々に実感しています。
 寒くなれば風邪に怯え、暑くあれば身の気怠さに感けて全身を放り出す様は、これ当にその確たる証拠であります。

      『から鮭も空也の痩も寒の内』 芭蕉

 ここ何日か、異常に寒い日が続いています。
 暦の流れではこれが普通なのかも知れませんが、傘寿の道を行く老骨には殊更に堪えるのであります。

      『日輪の黄経三百度骨縮む』・・・瑠華

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『電子メールの日』 [2008年01月23日(水) ]
 語呂合わせは、特に数字の地口はテレビ広告によく出る会社などの電話番号のこじつけでよく目にしますが、これもその類で、今日は1月23日なので「1(いい=E)23(ふみ=文)」、言うところの「電子メールの日」なのだそうです。
 
 そもそもこの電子メールの母体であるインターネットは、そのグローバルな進化の割に歴史は浅く、彼の冷戦時代に軍の集中する指揮系統が破壊されることを恐れて、その機能を分散させてしまおうというきな臭いアイデアから生まれたのですね。
 1969年、アメリカ国防総省の研究開発促進部門がネット・プロジェクトを開始した当初は、たった四つのコンピューターを接続することから始まったといいます。
 90年代に入りWWW(World Wide Web)が開発され、その主たる応用は電子メール・電子掲示板・ファイル転送・コンピューターの遠隔利用などでしたが、やがてインターネットと言えば即WWWを指すようになってきました。

 この電子メールの発達は僕にとってこの上もない重宝物で、今日大いに助かっています。
 と言うのも、僕の書く文字はそんじょそこらの金釘流では済まない、それはもう古代神代文字かもっと古くは遺跡を飾る楔形文字か象形文字とも見紛うほどに酷い文字で、それはもう読む人を苦しめたものです。
 特に難儀したのは、今は娘と呼んでいる中国の学生と文通を始めた当初、彼の国は無論のこと我が国においても未だパソコンなるものは巷に普及しておらず、その筋のプロの道具でした。
 従ってメール交換などは別世界のものでしたから、手紙の遣り取りは専ら手書きでやっていたのです。
 相手方の手紙は読めても、当方からの手紙は難読を極めて娘は相当に苦労したようです。片仮名や平仮名の無い漢字オンリーの国ですから、特にーーね!?。
 そしてその遣り取りは今よりも遅く、航空便でも約2週間、早いEMS便でも間違いなく1週間は掛かっていました。今では北京なら中一日おいて届いています。
 おまけに、EMS便なら便箋一枚でも900円もの出費を伴って。
 しかし、双方の手元にパソコンが整い当方で中国語ソフトを入れて、それでようやく娘に肩の荷を降ろしてもらった、というわけ。
 今では娘が仕事中に判らない日本語をメール発信して、今メールしたから折り返し正しい日本語に直してよーーと電話があり、文字通りとんぼ返りの返信で娘は助かり、爺々も何の気兼ねもなしにほんの何分かで用件が片付いています。
 いやーっ!この爺々にとっては、今日のこの「電子メールの日」は、確かに価値ある記念日ではあります。      瑠華

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『カレーの日』 [2008年01月22日(火) ]
 1982(昭和57)年、全国学校栄養士協議会で、1月22日の給食メニューをカレーと決めたと言うことで、今日は「カレーの日」なんだそうです。
 子供の頃からカレーが好きで、と言っても当時のカレーは単に黄色いスープに肉の代用品としてチクワかアゲが浮いていましたが。
 独り暮らしになってからは特にその手軽さが助かって、近頃はカレーを食する日が多くなりました。
 と言ってもこの爺々は結構凝り性なもんで、市販の即席物とかルーは買ったことは無く、先ず玉葱を形がなくなるまで炒め、牛骨からスープを取りメリケン粉をキツネ色になるまで煎ってカレー粉を合わせ、そこへ先のスープを加えてベースを作って具材を入れて作ります。
 歳とともにあっさりしたものが好まれるのが自然なようで、この爺々も最近はお肉より海老を多く使うようになりました。
 お店で言うところの海老カレーなるものは、単に牛ベースのカレーにエビフライが乗ッかっている、あれは真っ赤な偽物でありまして到底口に合いません。
 そこで、牛肉からでなく生海老の皮を剥いてそれで出汁をとり、身のほうを具にしてーーと、これで海老カレーの出来上がり。
 牛肉よりは高くつき手間も掛かりますがあっさりしていて、これこそが本物の海老カレー。
 ある老舗のカレー屋さんにこの海老カレーなるものを作ってみてはとメールしたところ、原価が高くついてとても商品にはならないとのこと。
 美食に贅を惜しまない昨今にしては、何とも商売気の無いことーー。

 序ながら、終戦後間もない1947年の今日、ヤミ米の買い出しを取り締まるために、国鉄(現在のJR)東海道線の列車に初めて武装警官が警乗した日なんですね。
 ヤミ米の買出しなんて若い人には意味不明でしょうが、国民食のカレーの日とヤミ米取締りの日が同じだったとは、何ともまぁー!奇遇ではあります。      瑠華

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『乾布摩擦&束子』 [2008年01月21日(月) ]
 ここんとこ、えらく寒い日が続きますね。
 処で、この冬の安上がり健康法は如何?。
 尤も、賢明な方なら常に実行しておられるでしょうが。
 それは、乾布摩擦と亀の子束子。
 この爺々の世代ではそれはもうごく当たり前の健康法で、特に戦時中には碌な暖房法も無かったので、寒さ凌ぎと健康を兼ねて乾布摩擦というのが広く行き渡っていました、と言うより時の政府が大いに奨励してのものでした。
 多分いま時は裸になること自体、風邪を引くとかお肌に悪いとかーーと、軟弱思考か、それとも他に、暖房器具の多用に栄養摂取に奔走や、わざわざ運動教室へーーと、専ら金にものを言わせての健康法が重宝されているようです。
 健康法に限らず近年は特に、それとなしの世間での流布、それもテレビからの影響を受けての無個性な右へ倣えの人間ばかりのようで。
 そんな無駄より、乾いたタオル一本で体が温まり克つ皮膚も鍛わるし、だから風邪への抵抗力も増すしーーと、こんな簡単かつ安価な健康法があるのを何故活用しないのですかねぇー。

 も一つは、そのお肌とやらを鍛え滑々の肌を保ちたいのなら、入浴時に亀の子束子でごしごしとやれば皮膚は鍛わるし、浮いた垢や角質は落ちて真皮を磨き滑々の肌になるし、同時に血行を良くして全身も温もるしーーと、これ一石三鳥というもの。
 大きな束子なら優に半年、毛足が柔らかくなったままでも良ければ一年は使えますよ。
 そんな乱暴なことをすれば、お肌に悪いって!?。
 確かに、束子が新しい二三回のうちはそろっと擦らないと皮膚が赤くなって痛いので、始めのうちは少々の辛抱を伴いますが。
 そして、皮膚の弱い人は避けたほうがよろしいかと。

 地球の温暖化とか資源節約とかとそんな大袈裟な事で騒ぐ前に、学校で家庭で教師が親が「勿体無い」「節約」「係わる総ての物・者・モノに感謝」という、人としての基本を確りと教えれば、これこそが一番の基本、安上がりだと思うのですが。
 昭和一桁代のこの爺々から見れば今の世の中、総てが勿体無いだらけで、質実剛健という日本語が懐かしいですなぁー。     瑠華

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『コーカソイド』 [2008年01月18日(金) ]
 先日、日本の調査捕鯨船に暴れこんだ狼藉者の根拠とする処は、オーストラリア連邦での判決かもーーと、ある新聞にありました。
 そのオーストラリアとは、今でこそアジアの一員とかで諂っていますが(あくまでも経済的理由からだけで)、つい四半世紀頃前までは白豪主義を掲げて、日本人を含む有色人種を極端に蔑視し排斥してきた国であります。
 それはそうでしょう、今日に見るオーストラリアは元々ある国でなく、原住民であるアボジリニーを迫害、追放して乗り込んだ、主にイギリス人で構成する侵略者の建てた国に過ぎないものです。
 そのイギリスもまた、今でこそ王室の華麗とか紳士の国とかと吹聴されていますが、何のことはない、元はと言えば海賊の成り上がり者の末裔が武力で立ち上げただけのもので、とても人様にゼントゥルマンと威張れたものではありません。
 彼の大英博物館とやらも自国の歴史を語る物など少なく、その殆どは海賊時代に他国から略奪し持ち帰った戦利品を展示しているだけの、言うなれば盗人の倉庫みたいなもの。
 故に、侵略、策略においては人一倍その狡猾、知略に長けており、今日に見る中東やアフリカにおける紛争の原因となっているその多くは、当時のイギリスやフランスが自国に有利な様に勝手に引いた、あくまでも現地人にとっては不本意で不自然な国境線が由来してのもので、その暗い歴史の残滓そのものであります。
 これやあれやで、先にシー・シェパードなる団体に見るコーカソイド特有の、自説を強引に通す手法なんぞは彼らにとっては常套手段なのであり、克っての海賊の感覚が21世紀の未だに通じると思っている、時代錯誤の最たるものでしょう。
 当のイギリスですが、動物愛護団体の活動でも有名です。
 しかし、現代においてもキツネ狩りを趣味として楽しんでいるのも彼の国であります。この厚かましさ、その欺瞞。
 勿論、これらが総てではありませんが。

 我が国の尤もらしい輩は、加えて皇室までも、未だにわざわざ頭を低くして、彼の国に紳士としてのマナーとやらのお勉強にのこのこと出掛けて行きます。
 世界は一つ。
 みな仲良くやっていかなければなりませんが、その国を形造る国民のナニかをよく知ってからでないと、馬鹿の一つ覚えのようにいつまでもコーカソイドに追随していると、我が国はペルソナの無い国と言われるでしょう。      瑠華

Posted at 08:04 | この記事のURL
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『ロボット』 [2008年01月17日(木) ]
 日本は、世界に誇るロボット大国なんだそうです。
 周りへの気配りとか他者への配慮などを身に付けず、インプットされた事は辛うじて熟しても、それ以外のことは何ひとつ出来ない、今様の人風擬似ロボット的な人間も含めると、日本国人口の半数以上は出来の悪いロボットと言えるので、その意味でも当に大国ではあるのでしょう。

 先日の新聞に、南アフリカ人でカーボン繊維製義足を付けた男性が北京五輪への出場を願い出たが、その義足は人工的な推進力を与えるので健常者レースでは使用できないとの理由で却下された、と出ていました。
 21世紀の初頭においては、これは妥当な判断ではないかと。

 オリンピック憲章とかその仕組みは詳しくは知りませんが、要するに「オリンピック」とは、人間の持つ肉体的な能力の限りなき追及に精進努力し、その向上を計り、そこで鍛え上げ完成された美を広く人々に披露して、多くの感動と喜びを伝える肉体の競技と言えるのではないかと。
 然なれば、基本はあくまでも「人間の肉体」の鍛錬、そしてその成果であって、そこには人が造った物、つまりは人間の被造物、だから意思や感情を持たない物的なモノ(器具)の入る余地のないものであろうとも。

 また次の日、米国での猿の動作をネットで送りそれを日本で受け取って、ロボットが同じ動作をする画面がテレビで報じられていました。

 聖書には、神は限りなく己に似せて人を創った、とあります。
 つまり、「人」は神によるロボットと言えるのでは。 
 人間とロボットとの境がますます接近してくる今日、その人が造った、ますます進化するロボット。
 また、それに比例してでもないと思いますが、時代と共に人から肝心の人らしさがどんどんと喪失されていく現代人と。
 神は未来において、??、どちらのロボットを採用されるでしょうか。      瑠華

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『来日観光』 [2008年01月16日(水) ]
 北京の娘(世話した留学生)が社員旅行で、この月末に北海道に行くことになったと言ってきました。
 社員旅行と言えば日本なら普通、会社の丸抱えか、厳しくても社員の月々の積み立てに会社側が半分でも負担してくれるというものですが、中国では然に非ず、多くの場合総ての費用は全額自己負担でありまして、会社は単に社員を纏めて案内するだけのもの。
 しかし、今日に見る日中間の現状では、一部の例外を除いて団体旅行でしか来日観光できないようなので、これでも致しかたないのかもーー。

 以前、九州に来た時は何がどう都合よくいったのか、娘だけ個人的に帰国日を遅らせることが出来て、4日間だけこの爺々の所に来たことがあります。
 今回もーーと目論んだのですが、今回はどうも駄目だったようで、予定では成田に着いた日に札幌に飛んで、帰国前日に東京に戻ってディズニーランドに立ち寄り、次の日に帰国となるようです。

 早速、冬の北海道を書き添えて、二三冊の観光本を送ってやりました。
 スキーの経験は全く無いようで、今からワクワクしているとのこと。
 日本の思い出が、また一つ加わることでしょう。      瑠華

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『牴牾の国』 [2008年01月15日(火) ]
 昨日は成人式。
 好ましくない妙な方では既に成人化している昨今の若者でも、成人式という節目ともなれば自分の年齢を一応は意識するらしく、大人としての自覚を口にする者もいましたが、その他の多くは、あー!これで酒も飲めるし恋愛も自由だーーと、ご他聞に漏れず責任も義務も節度も礼儀も全くないコドナ**が約135万人、この日本国に加わったようです。
 自前かレンタルかは知りませんが女性には和服姿も多く、晴れやかなのは例年通りで見た目だけはお嬢さん、のようです。
 しかし、話す言葉はそれとは程遠く、これはもう女牴牾の雌か、それとも男そのもの。
 これに加えて、私しぃー、だからぁー、それでぇー、この間ぁーーーと、タレント、ではなかった、痴語を売り物にするタラント(足らん人)が発する、そしてそれを拡散伝播するテレビに汚染されてか、まともな日本語もしゃべれない者が会場を埋めていたようです。
 いつも言いますが、戦後も半世紀余の間に教育が狂育になり、それで育った教師は狂士となって教壇に立ってきたせいで、今や子供がーーでなく、社会を構成する大人そのものが痴者・愚者・狂者となっているのですから、情けないかな、これらの子が馬鹿に育っても何の不思議もないでしょう。
 この子らがやがて次の大人になり子を産み育てるのですから、これはもう馬鹿の濃縮であり深化の何ものでもありません。
 今この国は、人の面した人牴牾が充満する日本動物園に成り下がってしまったようです。
 人間は賢くなるにはそれ相当の年月を要しますが、馬鹿になるのはそれこそ明日の日からでも感化され深化するものです。
 この日本国、これからも科学の経済のという知識によるものは進歩するでしょうが、それらを動かす肝心の人間のほうは、そしてその持つ智慧は果たして進化するのでしょうか?。
 ーーと言うよりも、まともだった元の日本人に戻るのでしょうか?。

 日本の人口はこれからますます減っていくようですが、男牴牾の雄・女牴牾の雌ばかりの馬鹿人間だけが増えても仕方がないので、人口減少でもいいから、せめて智慧ある日本人、まともな日本人だけが残って欲しいものです。      瑠華

 **(注:コドナ=子人。一昔前に流行った「大人になり損ないの子供」)

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