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『ボケ防止』 [2008年03月31日(月) ]
 21世紀の今では「光陰矢の如くーー」なんてーのは遠に陳腐化して、世間では専らメガ・ギガ・テラが交差し、時を計るのに光年が単位になるほどに、爺々が過ごしてきた昔からするとそれはもう超スピード時代になっています。

 一般に動物界では我は我と、なかなかに他の生き物の真似をすることは稀ですが、同じ動物でもホモ・サピエンスはどうも人真似がお好きなようで、一つの番組が高視聴率を取ると我も我もと横に靡いて、全くといっていいほど似通った番組が並びます。
 近頃に流行の、お勉強を主にしたクイズ番組がそうです。
 何処の局が火付け役かは知りませんが、司会者こそ違え出演者の顔は何の代わり映えもしない、いい年をしてひたすら画面映りばかりを気にするオッサンやオバハンばかりの羅列。
 その内容は、科学に社会に歴史に家庭にと少しは趣向を変えているようですが、あくまでも馬鹿笑いが主導する低脳番組。
 偶に良いことを言ってるなぁーと盛り上がった頃に、落語のオチを真似てか、ストーンと落として尻切れトンボ。
 録音した一斉笑いを挟んで無理に盛り上げておいて、はい終わり。
 尤も、こんな番組にまともな雰囲気を期待するほうが愚かなのですがね。

 なら、ぶつぶつ文句を言いながら見なくてもいいではないかーーなのですが、僕は番組を見ているわけではないのでありまして、出てくる問題が少しく頭の体操になるので、「ーー学成り難し」を補うべく、まぁー言わばボケ防止として見ているのですが。
 先のメガ・ギガ・テラも、その仕組みなどは、そのような番組で勉強したのであります。
 女の色気と褌一丁の痴呆者、大食いとドタバタで画面を埋める馬鹿番組でも、たまには役に立つこともあるようでして、はい。      瑠華


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『単細胞』 [2008年03月29日(土) ]
 昨日、橋下大阪府知事が上海を訪問して、上海市から厚遇を受けた様子がテレビの画面を賑わしていました。
 行く先々の交通渋滞では白バイ先導のVIP級で、数多の車列に優先して走る様はさぞかし気分が良かったことでしょう。
 この爺々も、それはもう40年ほども前の話になりますが、フィリピンのケソン市長の招きで彼の国を訪問したとき大統領府に行く途中、未だ昔のこととて車の渋滞というほどでも無かったのですが、高速道路を逆方向に向って、3台の白バイを先導に風を切って疾走したことがあります。
 高らかにサイレンを鳴らし、並み居る車列を睥睨しながら?突っ走る気分は、何ほどの者でもないこの爺々でも、何だか何某かの大物になったような高揚した気分になって、大いに悦に入ったことを思い出します。

 人は自身、何程の智慧も力も無くても、周りの道具立てひとつで、自分もそして周りからの何かも、偉く立派に感じたり見えたりしてしまう、考えてみれば至極単細胞な生きものなんだなぁーーと。      瑠華

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『大腸検査』 [2008年03月28日(金) ]
 先日、胃カメラと腹部超音波の結果、ヤバイかもーーと言うことで、大腸検査を受けることも書きました。
 昨日、その検査に行ってきました。
 ご存知の方もあろうかと思いますが、更衣室でお尻の割れたパンツに穿き替え、上も手術を受けるときのような上着に着替えて、筋肉弛緩とかの注射をされてやおら診察室へ。
 で、お尻に検査カメラを入れるのですが、弛緩剤が効いてか然程に違和感はなくカメラはどんどん奥の方へ進みます。
 身体を横に上向きにと動かしながらの検査で、自分のお腹の中を見たいので、先生にモニター画面を見える方向に向けてもらって上目遣いに覗いてみると、皺々の腸内はピンクや黄色、赤い色が鮮やかで、当にミクロの世界を覗いているような不思議な感じです。
 こんなところから栄養分や水分を吸収し、いらなくなった不要物(便)を溜めているのだなぁー、とね。
 時々、泡状の液体が見られたのは、十分に排出されなかった下剤の残りとか。
 何せ、検査前の短時間に2リットルもの液を飲み、それと一緒に排便を強制して、トイレに5、6回も往復しながら腸の中を綺麗にしようというのですから、それはまぁー少しくらいは残ってしまうのが当たり前でしょう。
 丁度、カメラが胃の右下辺りにまで達したところが限界のようで、後はカメラを引きながら確認診察のようでした。
 先に受けた胃カメラの、嘔吐いて涙は出るは涎は垂れ流しといったような苦しみは無かったものの、患部をよく見るためのお腹に空気を送って膨らます、それがお腹の中で手っ張っているのが何とも苦しくて、その日に治まらず今日は朝から行儀悪くげっぷを連発しながらこのブログを書いています。
 医学は確かに進歩したようですが、それに伴う苦痛まで解消するほどには未だまだのようで、その頃にはもうこの爺々はこの世におりませんが、来る22世紀には何とかなっているのでしょうか。      瑠華

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『メタポ』 [2008年03月26日(水) ]
 アメリカ人にとって肥満の増加は大きな社会問題だ、と先日の新聞に出ていました。
 その多くの原因は、体脂肪を燃やしたり血中総コレステロール値を上昇させたりする飽和脂肪酸を多く含む動物性脂肪と、それらを多く含むスナック菓子などの多食によるもの、とも。
 それはそうでしょう何も驚くに当たりません、その祖先を辿れば遥かに古代から、彼らは狩猟民族であり、肉食はだから常食であり主食なのであります。
 最近、日本でもメタポリック症候群なる名前で、その肥満が語られない日がないほど一般化してしまいました。
 とても、対岸の火などと笑ってもいられないほどに。

 翻って我が大和人は、農耕民族であります。
 だから元々、日本人は蔬菜主義者であり、彼らとはモノの見方も身体の成り立ちも本質的に異なっているのです。
 万年もの歴史を経て、体質的に慣れ親しんでいる彼らでさえそうであるのに、自らの民族性をすっかり忘れ、がむしゃらな猿真似が過ぎて、戦後の急に狩猟民の生活様式を鵜呑みにしたものですから、それはもうサル族の肥満どころか、日本人の方が遥かに悪い影響を受けるのは必定。
 更に悪いことに、辛抱とか勿体無いとかの我慢すること、序ながら美醜善悪をも教わらずに育った、いわば唯我独尊、それは我侭一杯のいまの大人たちが、自らの内臓脂肪で苦しむのは、言ってみれば自業自得というもの。

 まぁー同じサル真似でも、一つメタポの蔓延くらいなら何とかなりもするでしょうが、戦後狂育の深化によって、共同体による相互に助け合い和を保ち成り立ってきた、その農耕民族の美徳をすっかり喪失させて、個々の力だけが頼りの好き勝手に行動する、だから我が俺がの個人主義を重きにおく狩猟民族のサルの真似をした、悪しき例の一つがいまを時めくメタポなのでしょう。

 あらゆる意味で地球が狭くなり、今や一国の文化のみを固持することは不可能ですが、だからと言って何も、精神の心の身体の奥底までおサルの真似をしなくてもいいと思うのですが。
 日本国が、日本人が完全に沈没してしまわないうちに、心と生活のあらゆる面において、農耕民と狩猟族のその本質的な民族の違いを考えて見ませんか。      瑠華

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『釘煮』 [2008年03月24日(月) ]
 先日、ご近所の方から釘煮を頂きました。
 このイカナゴの醤油煮は季節の風物詩でもあり、丁度いま頃がシーズンですね。
 手間が掛かるこのような物は、万事に面倒くさくなっているこの爺々の手に合わないので、頂く釘煮は貴重品でありまして、長く食卓に重宝するのであります。感謝!。

 そのシーズン真っ盛りの書き入れ時というのに、神戸の須磨や舞子辺りの漁協では、例の須磨沖の船舶衝突というとんでもない事故による油の流出とかで全く漁が出来なくなり、今年は早々に水揚げの中止を余儀なくされたとか。
 どちらの船に責任があるのかはいま調査中のようですが、国を守るべき自衛隊の衝突事故然り、その海上だけはなく陸上においても、どうも最近の日本は国全体が弛みきってしまって、全国民において全く緊張感というものが消え失せてしまっているのではないかと。
 人間の屑なる厄人(役人)や奸猟(官僚)の世界は言うに及ばず、教育界に法曹界に各業界に、そして社会全般において、国民にきりっとした心の締まり、緊張感、次いでは倫理観に責任感など等と、それはまるで、パンツのゴム紐が伸びきって縮まなくなってしまったように。
 それはそうでしょう、頭が柔らく好奇心は強く、何にでも挑戦し、見るもの聞くもの何でも飲み込んでやろうという、だからどんなに詰め込んでも絶対に破裂しないだけの柔らかくて受容量の大きい、人生で最も貪欲な幼少期、人間として人生で一番厳しく教え導き鍛えなければならないこの貴重な時期に、その最も大切な学校教育(今は狂育)の場で、凡そ物事に堪忍するという、人として社会人としての必須項目を全く修得させないで、ちゃらちゃらと甘やかして、嬉しいの楽しいの、美味しいの満腹の、楽の安心の、そして責任を伴わない自由の権利のーーと、ひたすら低脳垂れ流しの愚劣狂育しかしないものだから。
 そして今、そのように育った層が狂士(教師)として教壇に立ち、家庭ではおやおやと嘆きたくなるような親となって子を生み、政治を家庭を社会を構成しているのですから、当に日本はこれ心身弛緩国、序でながら痴漢国そのままなのですね。
 
 生まれた時のイカナゴは、真っ直ぐな形で泳いでいましたが、透明で柔らかい身は甘い砂糖で煮ていくほどに、みなが皆くねくねと曲がって仕上がっていきます。
 イカナゴは実に美味で三度の食卓を満たしてくれますが、それにつけても、人間の曲がったものは、吐き捨てるほどに口に合いません。      瑠華

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『アー、アー、アー』 [2008年03月22日(土) ]
 今日は、放送記念日だとか。
 1925(大正14)年の午前9時30分、東京・芝浦の東京高等工芸学校の仮スタジオから、「アー、アー、アー、聞こえますか。JOAK、JOAK、こちらは東京放送であります。こんにち只今より放送を開始致します」という第一声で、東京放送局(現NHK東京)が日本で初めてのラジオの仮放送を始めた日なのですね。 
 考えてみれば、この爺々が生まれるほんの少し前ですから、然程に古い話しではなさそうです。(自分は未だ若いと錯覚しての話しですが!?)
 戦時中は降り注ぐ爆弾に見舞われて空襲警報のサイレンが鳴る時、このラジオが必携なる貴重品でした。
 今、敵機が我が皇国に侵入しつつあるが、我が若鷲は勇敢にそれを迎え撃っている、故に皇民も皆これに呼応して勇敢に戦うべしと、天に向かって竹槍を振り回したのであります。

 今の若い人に分かり辛いと思うので一言、解説するとーーー!?
 ・敵機というのはアメリカのB29という、当時としては巨大な爆撃機のことで、日本の戦闘機が及ばない高空を飛んできて各地に爆弾を降り注いだ飛行機であります。
 先日の東京大空襲記念日は、その空襲による悲惨な弔いの日だったのですね。
 ・若鷲というのは、未だ若い20歳前後の若者が、祖国の危機に身を挺して戦闘機に乗ったのでそう呼ばれていました。今の、いつまで経っても大人に成りきれない、ただ金玉に毛が生えただけの出来損ないの若者とは大違いですね。
 ・皇国とは、当時は神格化されていた天皇(現人神)の国という意味で、皇民とは、その天皇の民ということ。
 ・竹槍を振り回してーーは、これは決して誇張ではなく、今では馬鹿みたいな話ですが、当時は爆撃のたびに竹槍を振りまわして、それで押し寄せる米軍を撃退できると、国民は真剣に思っていたのです。教育(洗脳)というものの恐ろしい一端ですね。

 その必須だったラジオもやがて携帯型になり、カセットテープと合体してカジカセに変遷し、加えてテレビの普及と共にいつしか疎遠になって、僕なんかはもう何年もラジオを聴いたことがありません。
 それでいて時代の流れに然程に遅れているようにも思わないのが、一層ラジオから遠ざかる所以かも知れませんが。

 物騒な話しですが、東南海大地震は間違いなくあると言います。
 この爺々の生きている間だけでもどうか来ないでほしいと、手前勝手に願うばかりですが、我が家には未だにラジオの備えがありません。
 アーアッ!えらいこっちゃ!!、とならない為にも、今日の記念日に祈念して!?、ラジオを一つ買っておこうと思います。      瑠華


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『新聞』A [2008年03月21日(金) ]
 巷では時々、思い出したように新聞の宅配制度の是非が話題になることがあります。
 多くの外国ではそうですが、例えば中国。
 たまに広告専門のそれはあっても一般紙の宅配は無く、体調の優れない時でも雨や嵐の日でも、読みたければ無理を押してでも売店に出掛けなければなりません。
 まぁー、今日ではテレビという利器があるので昔日ほどではありませんが、それにしても買いに行くのを何日かサボると即、少しく世間に疎くなるのであります。

 アメリカ合衆国第3代大統領ジェファーソンが嘗て、「新聞なき政府と、政府なき新聞とのどたらかを選べと問われたら、私は躊躇いなく後者をとる」と。

 ひたすら銭儲けに奔走し、だから視聴率の追求が故に相変わらず馬鹿番組を垂れ流し続ける民間テレビと、この日本国をどう導いて行こうとするのか、いまいち全く何も見えてこない福田政権を見ていると、紙面の劣化が進んだとはいえ、未だしも新聞の存在、そしてその宅配制度をこそ、その重要性、利便性は大きいのではないでしょうか。
 先の至言ではありませんが、そう問われればこの老爺も、間違いなく後者に賛じたいと思います。      瑠華

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『新聞』@ [2008年03月20日(木) ]
 今朝、いつも5時頃に入いる朝刊が入っていなかったので早速お店に電話すると、息せき切って持ってきてくれました。
 何でも、配達員が間違ってお向かいさんに入れてしまったとか。
 この業界で、約6.000戸もある当団地のような所では、月毎に購読の勧誘に訪れるくらいに競争が激しく、ちょっとしたミスで即購読お断りてな事になるので、店長の姿勢はそれはもう平身低頭の体でありました。
 年に二三回はこういうことがあります。
 しかしその都度、お詫びの印とかでちょっとした洗剤が手に入るので、たまにはこういうミスがあってもーーと、当方も満更でもありませんがね!?。      瑠華

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『エライコッチャ!』 [2008年03月18日(火) ]
 少し前、胃と腹部超音波の定期検査に行ったときに、いつもの採血をしました。
 で、昨日、その結果を聞きに言ったのですが、どうも貧血気味とのデータが出ているので、それが食べ物の偏りからか、それとも大腸など臓器の出血からなのか色々な原因が考えられるから一度、腸内検査をしよう、ということになりました。
 まぁー歳が年なもんで、部品の錆付きと共に故障ヵ所がどんどん増えてくるのは仕方がないのですが、腸内検査というと、肛門からカメラを挿し込んで患部を探すそれですから、先日の胃カメラを呑んで苦しんだ後なのに今度はお尻からとは。
 続けさまに上から下からと、何ともまぁーお忙しいことで!?。

 考えてもみよ、元々モノを出すところへモノを突っ込むのですから、無茶といえばこんな無茶苦茶な話しはありません。
 これでもし癌のポリープでも発見されたら、ほんまにエライコッチャであります。
 笑ってもいられませんが、まぁー調べて見ないと分からないものですから一応は調べては貰いますがね。
 はて?、さて?、鬼が出るか蛇が出るか、それがお楽しみというところ。      瑠華

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『芳春』 [2008年03月17日(月) ]
 早いところでは2月の半ばから、遅くても3月に入ると、ファッションの店頭では冬物から合い物へ、それかいきなり春物へと入れ替わります。
 何とも気の早いそのような紛い物の春に惑わされながらも、今日ベランダから眺めるそれは、もうすっかり本物の春の訪れを感じさせるに十分なものでした。
 まるで人の血管を取り出して標本にしたような細い小枝にも、見えるか見えないような新芽がぽつぽつと、さぁー今年も膨らんでみせるぞーとばかりに並んでいます。
 目の下の桜並木はガイドブックに乗るような場でありませんが、それでも季節には十分に楽しめる小径で、まぁー人知れぬ穴場とでも言いましょうか。
 遠くの山並みは未だ灰色にくすんで彩りに欠けたままですが、きらきらと光る港の波は、それでも穏やかな細波に変わっていくようです。
 風はまだ肌寒さを感じるのですが、刺すようなそれではなく柔らかく優しい触りが心地よい。

 地球の自然なる変化か、いやそうではないでしょう、間違いなく人間共が狂わせた所為に違いありません。
 近年の多くに、冬から夏に夏から冬へと、天候がいきなり入れ替わるような異常が常態化しています。
 そんな厳しい病に遭いながらも、この緑の宇宙船は何に誰に文句を言うでもなく、四季の移ろい、その麗しき彩り、その豊潤な息吹を忘れまいと、懸命に頑張っています。

  『春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪冴えて冷しかりけり』

 世界の中でもこの日本列島は古より、四季の移ろいが区切りよく、格段に素晴らしい国なのですね。
 今年もまた幸いなことに、そのような春がやってきました。
 この爺々にとって、豊かな春の訪れにあと何回巡り会えるか分かりませんが、どうか逝き去るまで、春と言える、そしてまた秋といえる潤い豊かな季節が残っていてほしいものだと。
 別に何処へ行くでもない、只ベランダから眺める、それはごく平凡な春の訪れですが、つくづくそう想うのであります。      瑠華

Posted at 07:52 | この記事のURL
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