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『友の帰国』 [2008年05月31日(土) ]
 昨日、親友のフランス人が帰国するというので二人で送別会をしました。
 彼は、何人かいるフランスの友達の中で最も古い友で、丁度43年前に日本に来たとき僕が日本語を教えて以来ですから、思えば古い話ですね。
 僕より五つ下のなかなかのイケメンで、日本でも随分もてたとか!?。 
 無論のこと今では日本語も流暢に熟し、来日以来、移動か休暇での帰国を除いてずっと日本一本で活躍してきた、言わば偉く日本通ではあります。
 離れるとなると二人ともついつい昔の思い出が蘇り、レストランに次いで近くの喫茶店で何と3時間ほどもおしゃべりしてしまいました。
 こんなに長く二人で話したのは、久しぶりではなかったでしょうか。
 故郷はパリから南へ50kmほどの簡素な田舎町で、帰ったらしばらくはぼんやりし、自国に早く馴染むようにして、その後に何をしようか考えるよと話していました。
 何せ人生の過半は日本に居たので、最早その半分は日本人そのものですから、帰国するといっても、まぁー外国人が永住権を得て住むようなものでして。
 在日中に培った顔の広さを大いに活用して、少しでも日仏親善に役立てばとも。

 帰国後は主にメール、時に電話交換になりますが、元気な間に何回も日本に来るように、僕もまたフランスを訪れますからと友情を確認し、名残惜しくして分かれました。
 お互いに歳が歳なので、もう何回会うことが出来るのか甚だ心許無いのですが、帰国後の健康と別世界での活躍を祈らずにはいられません。      瑠華

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『犬の散歩』 [2008年05月29日(木) ]
 一日に一度は、太陽の光を浴びたほうが良いとよく聞きます。
 それも、目覚めてすぐの朝日影に触れると特に効能があるとか。

 パソコンの合間に目を休めるためにも、ベランダに出て下を眺めていると、若い女の子が携帯を片手に犬の散歩に歩いていました。
 歩くうちに犬が止まって用を足しているのに、その女の子は携帯に夢中で、犬の気持ちも考えないで紐を強引に引っ張るものですから、犬は仕方なく垂れ流しのまま引き摺られているではありませんか。
 もうこうなると、犬の散歩の序に携帯を見ているのか、携帯を楽しみたいために犬を散歩させているのか、と大いに疑ってしまいます。

 最近、携帯を片手に何の遠慮も無く自転車で歩道を突っ走る若者、ではなかった馬鹿者が増えています。
 まぁー、学校の校長が教え子と交際してそれをネタに脅迫し、並みの狂士(教師)がアダルト画をネットに流す時代ですから、何も若者だけが馬鹿ではないのですが。
 それにしても、乱れに乱れた狂育(教育)の腐った果実が、戦後も半世紀を経た今にして、見事なまでに実ったとでも言いましょうか、日本人の人間としての質もほとほと落ちたものですね。
 馬鹿者、ではなかった若者よ、犬の気持ちもちゃんと汲んでやって、犬と散歩する時くらいは携帯を忘れなよ。      瑠華

Posted at 08:51 | この記事のURL
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『枯山水』 [2008年05月27日(火) ]
 この歳になると自然にというか当然というか、若者言葉にはとんと疎くなります。
 それはそうでしょう、
 長らく生きているうちに人の表も裏も見てしまって、片や千里眼のようになり、片や疲れ果てて、人に世の中に何の新鮮味も興味も失いかけている老骨が、さぁー!これから何にでも食らいついてやろうという、若葉のように溌剌とした若者の言葉が理解できないのは、これ当然なのかもーー。
 それでも別に困ることは無いのです。
 がしかし、最早、完全に付いて行けなくなっている己がほとほと寂しくなるのであります。

 先日、新聞に「枯れ氏」というコラムが目につきました。
 何でも最近、「カレセン」という、枯れたおじさんが好きな女性たちが増えているとか!?。
 その「枯れた」が何を指すのか、またそのような女性がどのような層なのかも、さっぱり判らないのがこの爺々たちでありますが。
 それは多分、こんなことを言うのではないかとーーー
 「枯れた」というのは、俗に言うアチラの方が枯れ行くほどに、人の人としての厚みも増して温厚になり、それだけ優しくなって、女性たちにしてはそれだけ危険度も少ない?から、どことなく安心していられる。
 その上、貯えもそこそこありそうだから、時にはひょっとしておねだりも効きそうだし。
 汗臭くギラギラした「おじさま」や、ネオン街でしか見栄えしない「ナイスミドル」、そして、時として豹変するかも知れない「ちょい不良(ワル)おやじ」ではない、普段着なのに妙に信頼できる人。
 それは、尊敬できる父親の胸の広さ、ってところでしょうか。
 そしてまた、「枯山水」の落ち着きというか、奥行きというか、無限の広がりというか、何かそのような美的感覚にも引かれてしまう。

 うーん、彼女たちの惹かれる何かが、もしもこのようなものであれば、一度でもいいから「枯れ氏」になってみたいものだなぁー!。      瑠華

Posted at 08:32 | この記事のURL
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『昇進』 [2008年05月25日(日) ]
 サラリーマンの一番の喜びは、何といっても昇進でしょうね。
 いえ、なに、本音では肩書きよりも実質的なお給料アップなのですが!?。
 勿論、会社によって名ばかりの部長もおれば、実質的に指揮棒を振る本物の部長も居るわけですが、その他大勢に似た係長から課長に上がるまでは、長い短いはあるとしても、頑張りさえすれば先ずは順調に昇進していくのでは。
 しかし、その半身を経営者としての資質も実力も問われる部長ともなると、そうそう簡単にありつける椅子ではありません。
 確かに運もあるでしょうが、多くは本人の精進努力の賜物であるでしょう。

 留学生は3人世話したのですがその内の一人、北京の娘の主人がこのたび部長に昇進しました。
 大学で日本語を学び暫くはあちこちの旅行会社のガイドをしていたのですが、間もなく北京に進出した日本のある大手旅行社に入社し、長らく部長補佐を勤めていましたが、真面目で勤勉な仕事振りが認められ、先日めでたく正式な部長に昇格したというわけ。
 その名は部長なのですが、組織的に総経理(社長)は日本人となっている関係で、実質的には北京支社のボスになったのであります。

 早速、お祝いのメッセージをメールし、何某かのお祝いを贈ってやりました。熨斗の謂れと、日本に伝わる奥床しい作法のあり方も添えて。
 
 昨日、そのお祝いが届いたようです。
 折り返しお礼の電話が掛かってきました。何とも律儀なご仁ですね。
 もう古い話になりますが、この爺々も、自分が昇進したときの感激を思い出して、久しぶりに懐かしみに浸ったのであります。      瑠華

Posted at 07:43 | この記事のURL
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『豆腐渣工程』 [2008年05月22日(木) ]
 四川大地震以来テレビでもよく耳にしますが、中国では手抜き工事のことを「豆腐渣doufuzha工程Gongcheng」と言います。
 つまりは「オカラ工事」、オカラのように脆く崩れやすい建築ですね。
 日替わりに送られてくる「中国特快新聞」の昨日のメールで、こんな記事が出ていました。

     「四川劉漢希望小学校校舎、地震にびくともせず」
 小学校校舎が倒壊したのは役所と業者が結託した手抜き工事の所為だ、として市を訴えるなど、建築方法に疑問が投げかけられている中、北川県から15kmほど離れている鄭家海元村山中の劉漢希望小学校の校舎はまったく損傷を受けておらず、483名の生徒や教師らは奇跡といえるほど安全に非難することができた。
 この話はインターネット上で取り上げられ、この校舎を建てた建築会社に対して「敬意を表する」と同時に「これからは総ての学校をこの会社に発注しよう」という呼びかけなども書き込まれている。ーーーと

 昨日の日本の夕刊にも、「プロを集めていて何故、予知できなかったのか」とか、「予知していたのに『北京五輪の聖火リレーが円滑に進まなくなる』という理由で敢て公にしなかった」などの書き込みもあった、と。
 自由主義国では当たり前のメールなのですが、中国でなら「過激な書き込み」に当たるものですね。
 改革開放の現在でも総ての情報に中央政府の緻密な網が掛かっている中国ですが、世界に流れるネットの総てをチェック出来る時代でもないので、近頃ではこんな綻びた情報も流れるのですね。

 豆腐渣工程といえば、我が国でも高速道路などで手抜き工事が発覚することがよくあります。
 中国ほどではないにしても、厄人(=役人)と業者との癒着や賄賂環境は、我が国でも似たようなものでしょう。
 「敬意を表して、これから総ての工事を任せることができる」まともな建築業者を見つけるのは、日本でもなかなかに難しいのではありませんか。      瑠華


Posted at 08:15 | この記事のURL
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『長江の竜』 [2008年05月20日(火) ]
 「竜頭鷁首に天子を戴き、貴人居並びて大河に遊ぶ」の竜頭鷁首とは、竜の彫り物や鷁の頭を船首・船側に飾りつけた豪華絢爛な船を言います。
 竜はこのように鳳・麟・亀と共に四霊とされ《礼記》、古代より天子の象徴として崇め尊ばれており、その竜を器に模した玉器は既に新石器時代に出現していたとあります。
 平素は水に潜み降雨を齎しますが、竜の何よりもの霊性は、身体を自在に大小に変幻させ、水を離れて天空に昇ることができる超越性にあるのですね。
 即ち、この地上から天界という超越的な世界を行き来し結ぶという神秘が、世の諸々を超えて常に上位に憧れる皇帝、天子に結びついたのでしょう。
 因みに何故、竜が天に昇ることが出来るのかというと、尺木(竜の角)があるからだ
そうです。
 日本にも竜神がいますが、これは多分、中国から渡来したものでしょう。
 ですから本家中国での竜に対する思い入れは、唯物的な共産主義思想が浸透しているはずの現在でも、なかなかに深いものがあるのであります。

 全長は約6300km、流域面積約181万km2もある、欧米や日本では「揚子江」の名で知られる世界三大河流の一つ「長江」は、彼の地では第二の大河黄河と並び二大生命線といわれ、それは神秘なものしてよく竜に例えられます。
 長江が氾濫すれば、竜が暴れたとか竜の怒りだとかと恐れられるのですね。

 未だ今のように自由度が無かった時代の、20数万人もの死者を出した唐山地震を経て、今年に入っても冬の雪害に、世界を巻き込んだ食害事件にチベットの人権問題、そして今回の四川大地震と、大災害(人為的なものも入れて)が重なる中国。
 
 夕べ天津の娘(元留学生)の話では、長江に巨大なダムを造り始めてから、どうも中国では天地の災害が増えたような気がする、これはきっと長江の竜が怒っているのだと皆は言ってるよ、と。
 それはそうでしょう、
如何に発展のためとはいえ、三国志所縁の古跡を水中に沈め、近隣住民を否応なく強制移動させてまで(当局は、住民たちは積極的協力を惜しまなかったと喧伝していますが)馬鹿でかいものを建造すれば(ダムは竜体の真ん中に位置しています)、如何に悠久温厚な竜神とて、それはもう怒り心頭に発するのに決まっていますよね。

 先日、古賀なんとかという道路族のドンの意向が通ったのかどうか、道路一般財源とかの法律が通りました。またまた、税金の無駄遣いで道路開発が進むのでしょう。
 いま中国の竜が怒っていますが、さてもそのうちに、日本の竜が怒り始めなければよいのだがと、この爺々はこの国の乱開発を憂いているのであります。      瑠華

Posted at 08:23 | この記事のURL
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『らしさ』 [2008年05月18日(日) ]
 小ジョッキ一杯で出来上がってしまう下戸の僕なんかから見ると、何とも羨ましい季節になってきました。
 先手必勝に地球温暖化が手伝ってでしょうか、年々ビアガーデンのオープンが早くなっていきます。
 先日も近くの百貨店の屋上ビアがオープンしました。
 昔と違って年中の飲み物になってはいますが、それでも咽越しの、清涼感のと、その味わいを深めていくのは、やはりこれからではないでしょうか。
 仕事帰りのあの一杯は、確かに効果ある飲み物でありますなぁー。
 疲れも嫌なこともみな白い泡とともに霧散してしまうのですから、安いといえばこれほど手軽な憂さ晴らしはありません。
 この間、友人から聞いた話ですが、近頃は若いOLでも中ジョッキの二三杯は軽くいくそうな。
気丈夫というか恐ろしいというか、何とも目覚しい姿になったもので。

 多少の飲兵衛もたまには宜しいのですが、どんなに酔っ払っても、男にだけはならないでくださいね。
 時代は変わっても「らしさ」を失っては、折角の女性が女擬きの雌に成り下がってしまいますから。      瑠華

Posted at 07:25 | この記事のURL
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『危惧』 [2008年05月17日(土) ]
 最早、面子に拘っていられるほど暢気に構えて居れなくなったのでしょう。
 物的援助のみで人的なそれは頑なに拒んでいた中国が、漸くというか仕方なくというか、日本からの支援を仰いでその受け入れを認めました。
 勿論、地震国日本のノウハウ豊かな先進救助技術を当てにしての実利的な面が先行してのものでしょうが、聞くところによると国家主席である胡錦濤さんが直々に受入れを指示したとか、と。
 外国からの初の受け入れを日本に決めたのも、先の首脳会談で日中友好親善の深化を希求する早速の成果だったのかも知れませんね。

 その一方の主、福田内閣の人気が調査のたびに最低を更新し、最早危険ラインすれすれだとか。
 政治というのは単に人柄だけでは何とも為し難いもののようでして、いつの調査でも本人に対してはそれほどに人気に陰りがあるわけでもなさそうなのですが。
 魑魅魍魎の渦巻く闇の政界のこと、既に次の内閣を目指す狸や狐どもが、己の欲と権力を掛けてもぞもぞと動き始めていると。
 中には、前総理の再登板を画策する勢力もかなり居るとか、とも。
 確かに昨今の日本の政治を見ていると、歯痒さを通り越して馬鹿々々しくさえなる椿事、奇行が多いので、替えるなら早いこと替えてしまえっ!、なのですが。
 
 処で、私事で申し訳ありませんが、
 何も、現政権が長く続いて欲しいなどとは夢にも思っていませんが、だからといってヤンキー一辺倒で、アジアの隣国でありその雄でもある中国を、一瞥すらしない偏った思想の持ち主にここで再登板されては、当方にとっては実に迷惑千万なのであります。
 中国そのものに傾倒しているのでは、毛頭ありません。
 只、彼の地の留学生の世話を通じて、これまで十数年に亘って築いてきた市井の、平凡だが親身で本物の親善友好の絆が、政治という怪しく有相無相な輩に邪魔されはしまいか、とね。
 歴史とは、いつの時代も、小国民の礎を、政の愚が破壊してきた記しに他ならないからであります。      瑠華

Posted at 07:46 | この記事のURL
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『小人閑居為不善』 [2008年05月15日(木) ]
 この爺々はどうも活字が好きなようで、尾篭な話になりますがトイレに行くときも、何をどう読みたいでもなくいつも新聞か本、手元になければ折込みのチラシ等を持って入ります。
 詳しく読むほどでなくとも、何だかそれで落ち着くのであります。
 ですから自ずと漢字にも興味を持ち、そのような記事には目が移ります。

 先日の夕刊に、新常用漢字に追加される220文字とかで、その何字かが掲載されていました。
 何でも、出版物では頻繁に使われているが、つまり世の中では当たり前の漢字なのに、現在の漢字表には無い漢字を審議して表すとか。
 このような記事を見る度に思うのですが、「文化審議会国語分科会の小委員会」とかという、如何にも厄人(=役人)の発想らしい長ったらしい名前の会は、この忙しい世の中に在って余程に暇な御仁が屯している場所と見受けられます。
 委員の面々は、一角の薀蓄を蓄え、それらしい場で活躍し、学者とか知識人とかと尤もらしい肩書きをお持ちの方々なのでしょうが、一体全体、他にすることが無いほど、それほどにお暇なのですか。
 何をどう根拠にして、市井ではごく当たり前に使われている、それもその文字が無くては大変に不便する漢字を、捻くり回して書いたり消したり、とね。
 下衆に誰何すれば、委員会に出ている各人は、まさかボランティアとして無料奉仕で出ているわけでもあるまいに。
 どうせ何某かの手当て、更には確実なお給料として月々にかなりのものを頂いているのではありませんか。
 その原資は言わずものがな、これみな国民の税金であります。
 厄人や奸猟(=官僚)という、税金の無駄使いを何とも思わない屑どもに使われたくない、貴重なお金なのであります。 
 更に勘繰れば、まさかこんな所にも例の天下りとかという、厄人の滓が居座っているのでは、ともね。

 漢字表に加わる可能性がある漢字として42文字が出ている中に、誰・嬉・謎・闇・籠・眉・斬・叩・稽などが列記されていました。
 この爺々が思うに、誰が嬉しがるわけでもないのに謎めいた闇の部屋に籠もって、眉に皴寄せて漢字を斬ったり叩いたりと、何とも滑稽な。
 これって、「小人閑居為不善」と言えば、失礼が過ぎるかなぁー。      瑠華

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『中華の国』 [2008年05月13日(火) ]
 地震国の日本から見ると滅法少ないと思われますが、中国でも地震は結構多いのですね。それも、起きると大型なものが。
 昨日、中国西部の四川省を震源地とするマグニチュード7.8もの地震がありました。
 震源地から遠く離れているとはいえ心配になったのですぐに電話すると、北京でもかなり揺れたよーーと、娘(世話した元留学生)の声が震えていました。
 娘は27階建てのマンションの24階に住んでいます。高層階ですからその揺れも大きかったようです。
 このマンションは、日本なら絶対に許されないような構造になっています。
 建物の周りがみな住居に囲まれていて、エレベーター・ホールはその真ん中にあるものですから、ドアーを開けても全く逃げ場がありません。
 勿論、普通の階段は有るにはあるのですがその幅は狭く、言って悪いですがマナーの悪さも手伝って、ものの見事にそこは物置き場で変身してしまっていて最早、階段とは言えない空間でしかありません。
 その上、電気の節約からか階段はいつも真っ暗で、壁際のスイッチを入れないと明かりはつきません。
 それはそれでもいいのですが、そのスイッチを入れても全階が一斉につくわけではなく、階ごとに押さないと明かりは付かない、詰まり上がるごとにスイッチを入れながら階を登っていく、というわけ。(下がる時も同じ)
 そして何と、そのエレベーター・ホールも普段は真っ暗で、何かの音を響かせないと明かりがつかないようになっています。例えば、足を強く踏み鳴らすとか、と。
 この爺々が初めて行ったとき、エレベーターを降りた時に一条の光も無いあまりの真っ暗なので、一瞬恐怖に襲われたのをよく覚えています。その時は、事情を知らなくて、壁伝いに娘の家に辿り着いたものです。
 このような所でもし大地震に襲われたらーーと、想像しただけでも鳥肌が立つ思いです。

 オリンピックを契機に、面子を掛けて何がなんでも先進国の仲間入りをしようと我武者羅に頑張ってはいますが、充満する都会のスモッグに車の排気ガス、即席のマナー教育が間に合わない社会常識の欠落、そしてこのマンションの欠陥など等と。
 申し訳ないが彼の国は、ここ暫くは、文字通りの「中程に咲く華」に甘んじるしかなさそうですね。      瑠華


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